第13話 好きやから貸してるんやろ?
「もう連絡しないでください」
その文章を、ながとは何度も読んだ。
一回。
二回。
三回。
何度読んでも、意味は変わらない。
それでも、ながとはスマホを置けなかった。
「……なんでや」
さっきまで嬉しかった。
仕事もした。
パチンコも我慢した。
少しずつだけど、体重も落ちている。
自分なりに頑張っている。
なのに――
どうして、さくらは離れていくのか。
「俺、何もしてへんやん……」
そう呟いた。
その言葉が、自分の中では本当にそうだった。
殴っていない。
怒鳴っていない。
無理やり何かをしたわけでもない。
ただ会いたかった。
ただ好きになった。
ただ、付き合いたかった。
「……好きやったら、普通やろ」
ながとはスマホを握った。
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翌日。
いつものメンバーが集まった。
たけし。
まさる。
けんじ。
ひろき。
しんじ。
こうじ。
だいすけ。
まさひこ。
いつものように、くだらない話をしていた。
だが、ながとは笑わなかった。
「さくらから連絡来た」
たけしが聞いた。
「なんて?」
「もう連絡するなって」
空気が止まった。
けんじが顔を上げる。
「……それなら、もう終わりや」
「いや」
ながとは首を振った。
「まだ分からん」
「何が?」
「俺がちゃんと変わったら、変わるかもしれん」
けんじは深く息を吐いた。
「ながと」
「なんや」
「それ、もうやめとけ」
「なんでや」
「本人が『連絡するな』って言ってる」
「でも……」
「でも、ちゃう」
けんじの声が少し強くなった。
「それ以上やったら、恋愛やなくなるぞ」
ながとは黙った。
その言葉が気に入らなかった。
「俺は本気や」
「本気とか関係ない」
「好きやねん」
「それも関係ない」
「なんでや!」
初めて、ながとが声を荒らげた。
「好きなもんは好きやろ!」
けんじも黙らなかった。
「お前が好きなのは勝手や」
「……」
「でも、さくらが好きじゃないって言うのも勝手や」
ながとは何も言えなかった。
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そこへ、まさるが口を挟んだ。
「まあまあ」
そして、ながとの肩を叩く。
「女なんてそんなもんやって」
「……」
「今は冷めてるだけやろ」
「そう思う?」
「そりゃそうや」
まさるは笑った。
「お前、まだ何もしてへんやん」
「……」
「痩せて、仕事して、金も貯めて、男としてちゃんとしたらええねん」
ながとの目が少し動いた。
「……そうやんな」
「そうや」
「俺、まだ何もしてへん」
けんじが呆れたように言った。
「お前……」
だが、その言葉を遮るように、ながとは立ち上がった。
「俺、変わるわ」
まさるが笑う。
「それでええねん」
けんじは黙っていた。
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帰り道。
ながとは一人だった。
頭の中で、まさるの言葉が何度も繰り返される。
痩せる。
仕事する。
金を貯める。
ちゃんとした男になる。
そうすれば――
さくらも変わる。
そう思った。
だが、その途中で、一つの記憶が浮かんだ。
初めて会った日のこと。
「金、貸してくれへん?」
そう言った自分。
さくらは困った顔をしていた。
それでも貸してくれた。
その後も貸してくれた。
「今回だけですよ」
そう言いながら。
ながとは歩きながら呟いた。
「……好きやから貸してたんちゃうんか」
自分の中で、何かが繋がった。
最初から優しかった。
何度も会ってくれた。
ご飯も一緒に食べた。
連絡も返してくれた。
名前も呼んでくれた。
それなのに今は、
「もう連絡しないでください」
なぜ?
ながとの中では、その二つが矛盾していた。
「最初は、俺のこと嫌いちゃうかったんやろ」
そう考えた。
「じゃあ、なんで今は……」
そして、もっと都合のいい答えを作った。
「怖いだけなんや」
きっとそうだ。
自分のことが嫌いだからじゃない。
恋愛に慣れていないから。
自分が急に近づきすぎたから。
だから怖くなっただけ。
だったら――
時間を置けばいい。
もっと優しくすればいい。
ちゃんとした男になればいい。
そうすれば、また笑ってくれる。
そう思った。
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一方。
さくらは、会社から帰る電車の中でスマホを握っていた。
ながとからのメッセージはない。
それなのに、何度も後ろを確認してしまう。
誰かに見られている気がする。
駅に着く。
改札を出る。
友達に電話をする。
「今、帰るところ」
「大丈夫?」
「うん」
そう答えながら、早足になる。
自宅に着く。
鍵を開ける。
中に入る。
鍵を閉める。
チェーンをかける。
ようやく息を吐いた。
「……もう、大丈夫」
そう言い聞かせる。
でも。
スマホを見る。
通知はない。
それなのに怖い。
「連絡が来ないこと」ではなく、
「いつまた来るか分からないこと」が怖かった。
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その夜。
ながとは部屋の電気を消した。
スマホを枕元に置く。
さくらには連絡しない。
約束した。
少なくとも、今は。
「一ヶ月くらい待ったら……」
そう考える。
一ヶ月後。
痩せた自分。
真面目に働いている自分。
パチンコを我慢している自分。
そして、さくらの前に立つ。
「俺、変わったで」
さくらが驚く。
「ながとさん……」
そして――
「もう一回、付き合ってください」
そう言う。
そこで、さくらが笑う。
「……はい」
ながとは目を閉じた。
「……いける」
小さく呟く。
「まだ、いける」
その頃のながとは、
「相手の気持ちを尊重して待つこと」と、
「相手がいつか自分を好きになると信じて待つこと」
の違いを、まだ理解していなかった。
そしてその違いが――
これから、二人をさらに遠ざけていく。




