男友達と紹介された女生徒が勝手に人のものを盗んだので貴族夫人は追及をやめない
カロンナは可愛い娘がいる貴族夫人の一人である。
当然のように転生者なので、その知識を活かして絶賛人生を謳歌して、荒ぶる資金をエッサホイサと大盤振る舞いしながら、緩い生活を送っている。
息子もいるが息子はどちらかというと夫と共に外でキャンプにハマり今はソロでやっている。何も言ってないのに自然とその領域に行くとはさすが我が子だ。
後方彼氏ヅラ、というより後方親方顔をしながら知識を私欲で振るい、キャンプ道具を一式プレゼントしたら涙を流して、ギュッと抱きつかれた。母親に抱きつく、なんて年頃ではなくなったのでもうしてくれなくなって久しく、向こうからのハグに微笑ましくなるのは特権だろう。
娘の話に戻るが。娘の話では学園に入学してからというもの、小さな頃から婚約している男の子も先んじて一年早く入学していた。それはこちらも勿論知っている。
娘の義親になる予定の彼らとは親戚付き合いを前提に、たまに交流しているから。娘曰く、婚約者のベルフォグと学園内にて交流するときに無関係の第三者、友人を連れてくるのだそうだ。
「あなた、ちょっと捜査してくるわ」
「止めてもやるのに報告する意味はあるのか?」
昔からカロンナのことを知っている夫が書類から顔を上げて、困ったようにしている。止めても止めなくてもやり遂げることがわかっている彼が、何かしらの横槍を入れることはない。
夫への労りの肩揉みを軽くしてから、早速学園への滞在許可を申し込んだ。翌日、娘本人にすら隠して学園に潜入しに行くと、娘が交流すると言っていたカフェテラスがここからよく見える。
チラッと見ると娘の後頭部と、美味しそうなお茶とお菓子がテーブルに並べられているのがわかる。実に美味しそうだ。
カロンナもあとでじっくり、娘と食べようと自分へのご褒美を勝手に決めた。娘はきっと仕方ない母だと笑って、同席を許してくれるに違いない。
「お待たせ」
「いえ、待ってない、けど」
娘のミイネが言葉尻を失っていく。それも当然だ。婚約者の交流日であるというのに、隣に堂々と制服を着込んだ女生徒がピッタリと寄り添っているのだから。
「あの、ベルフォグ?私は二人で話したいと言っていたんだけれど?」
当たり前な苦言を呈すると、相手の男はやれやれといった顔を浮かべる。おや?娘の言葉を容易く放り投げる態度に、カロンナは目をタカのようにスゥと細めた。
「たまたまそこで会っただけだろ。すぐに別れるんだから、目くじらを立てるな」
「前回もそう言っていたけど、そうやって男友達か何か知らないけど場を濁すのはやめて」
娘の言葉の威力はすごい。女生徒はワクワクした顔で娘を見て、ヘラヘラする。全く悪びれていない。
「ごめんねぇ?私さぁ、遠慮したんだけどさあ、この人が美味しいケーキがあるからって誘ってくれて。あ、ごめんね本当に。お邪魔だよね?でも安心して、すぐに帰るから。ほら、だから言ったでしょ?」
婚約者のベルフォグに馴れ馴れしく肩を強く叩くと、きゃらきゃらと笑うピノンなる女。貴族学校にいてはならない不良具合だ。こちらの口の端すらちょっとピクッとなる。自分にはわかる。これは自分サバサバしているんで系統の男をナチュラルに横取りするタイプだ。
ニューフェイスとしてまだあまり浸透していないジャンルのはずなんだけど、自称男友達をしてしまったベルフォグたちの様子からして、間違いではなさそう。スッと手を組んで瞳を閉じた。
「では、お帰りに」
「おいおい、騎士科にいる貴重な女なんだぞ?王女や女系王族の護衛になる予定の相手を邪険にするなって。ピノンはこれでもおれたちと一緒に頑張ってるしな」
「やだ。まだわかんないよ。卒業まで二年もあるんだから。それに、私以外にも居るし」
二人はごちゃごちゃ言っていたんだが、カロンナからすると内容なんてどうでもいい。問題は娘が嫌がっている上にどこかに行くと言った口をそのままに、ここにまだ居座っている図太さ。
どうせ、婚約者たちの交流会を邪魔してやろう、という邪悪で下心ありありな魂胆なのだろう。カロンナにはわかる。読みまくったから。
「あ、それ、ケーキ?」
彼女は娘だけが食べられる唯一無二のケーキを置かれていた紅茶と共に近くに引き寄せるとヒョイパク!と一瞬の犯行により、成し遂げた。
「なぁっっ!!?わ、私の!け、けけ、な、なんて、ありえない!!」
もう男とか女とか、関係がない大事件が目の前で起きた。
「え、め、めちゃくちゃ美味しい!なにこれぇ!ねぇもっと頼んでよ!私自腹で払うしっ。ねぇ、ベルフォグ!」
彼女は何をしたのかわからないまま、人の婚約者の体にポンと無闇に触る。
「ふざけないで!」
娘が淑女を殴り捨てて、女へ怒鳴りつける。周りは何事かと見るがミイネは構わないと言いつける。
「お前なぁ、たかがケーキひとつで切れんなよなぁ。それでも大商会を持つ貴族なのか?ケチ過ぎる」
「え?この子って、大商会なの?すごい!なら、このケーキってもっと食べてもいい感じ?なら」
「黙って!もう無理!あなたとはもう無理!警備!こちらへ!私のお母様のスペシャルケーキを無断で食べた窃盗犯がここにいます!逮捕して!現行犯よ!」
警備は生徒同士のトラブルの仲介はするが、直様逮捕する権限はない。しかし、ここには母親の自分がいる。
「どういたしました?」
「困りましたね……事情を伺うために別室へ」
このままでは次の日、学園に行き渡る娘の心が狭いという心無いものが起こる可能性が、ふわりと頭を過ぎる。
「待って」
スッと立ち上がるとくるりと彼等の方を向く。
「え?リテーナー夫人?」
ベルフォグが義理の母の顔を見て顔をピクッとさせた。娘は怒りに満ちた顔をぽかんとさせていて、ドッキリが成功したのだと胸を躍らせる。今は喜びを出す場面じゃないから、帰ったらにしよう。
「そちらのお嬢さんが勝手に私の渡したケーキを、許可を取る前に引き寄せて食べたところを目撃しました。それとこれも」
手を上げると使用人たちが一カメ、二カメ、三カメ、四カメ用に撮影していた所から颯爽と立ち上がる。
「現行での犯罪映像が、最初から最後まですべて映ってます」
「お母様、また撮影を私に無断で」
「私が娘の撮影を無断でしても許されるのは私が母親だからね。法も見逃して家族は許してくれるわ」
「私が許しませんが?」
「でも、今回は許すのよね?」
「うっ……それは、まあ。立派な証拠だし……」
恥ずかしそうに赤くなる娘の頭を優しく撫でてから、ミイネの婚約者であるはずの男を見た。
「あなたも共犯です、ベルフォグ令息様」
「えっ」
急に飛び火した言葉に傍観者のようにぼんやりしていた男は、ピノンから距離を開けたものの、撮影していた内容は仲良さげにピッタリ、くっついていた形跡をちゃんと残してしまっている。今逃げても精々、自室の隅が限界の子供だ。
「娘のケーキは特別なの。あなたに用意していたものよりはランクが上だし、そこの女の子が食べたものは値段の桁が違う。学生で多額の借金なんて、苦労するわねきっと」
親が払ってくれる可能性は低い。親が財布を開けるよりも、こちらからの婚約解消と精神的苦痛の賠償請求で走りまわるのが先だろう。落ち着いた頃に息子の慰謝料を払う気力も元気も失うほどに。
「撮影のデータは渡します。確認を」
コピーした映像を特大スクリーンで、カフェのど真ん中に映し出し、大音量で自サバ、自称男友達の犯罪の瞬間を上映した。拡大させて、さらにわかりやすくスローモーションでも。
「や、やめて」
ピノンは勢いよく逃げそうになったが、学園にたくさんいる警備が脇を固めているので見させ続けた。己が何をしたのか、じっくりねっとり自覚させるために。
「やめてよぉ。ひっぐ!やめてやめて!やめてお願い!お願いだから!お願いしますぅ!もうやめてぇ!」
恥ずかしいのはケーキよりも内定していない王室への就職を仄めかしている部分だろう。ありもしない自慢話を鼻をぐんぐん伸ばして語る様は、黒歴史確定だ。
学園の生徒たちが全員見たかもしれないほど、ロードショーが繰り返し流れたあとに校長たちが文字通り飛んできて、四人を別室に行かせた。
ピノンは男爵家の娘であるが再起不能なほど話が聞ける精神状態ではなくなったので、男爵家の両親に迎えに来るように頼んだらしく今ここにはいない。
ベルフォグも婚約者であるが、すでにうちとは完全な他人扱いをしていいと告げたことにより、別の部屋へ行かされる。しかし、連れて行かれるときに謎の悪足掻きをしていく。
「違うんです!カロンナさん!ケーキがあなたのものだって、知らなかったんです。知っていたら止めてましたっ」
警備に連れて行かれようとしても反抗して、なかなか後ろに移動しない男子生徒。貴族の子供なので怪我をさせるかもしれないからと、やりにくそうだ。
「もっと前から止められることはたくさんあったでしょう?自称男友達を連れてくること、同席させること、やめてと言っているのに会話を続けること。ケーキを止めたからといって、何一つこちらの心象はよくなることはない」
ひとつひとつ、プレゼントのリボンを解くように説明してやれば、彼は口をハクハクさせて目を伏せる。
「人の大切にしているものに手を出しておいて、知らなかったで許されるのは学園に入る前。それに、あなたは騎士科でしょ?うちの入婿で騎士になることを許されていたのは、単にうちが裕福であなたが働かなくてもお金が入ってくるからよ。ウチと婚約できなくなったら、騎士のままでいられるか、よくよく考えなさい」
娘の意思を無視しておいて、婚約関係はこれ以上保証できない。そもそも娘を将来の伴侶として舐めきっているのが、今回で強くわかった。幼馴染という長年の立場が、気を緩ませて許されているつもりになっていたのだろう。
「そんなっ。そんなのって。ケーキひとつで」
だから、ケーキだけの話ではない。何度も言っているのに理解しようとしない。こういうところが娘が嫌がっても話が通じないので、改善してくれなかった性格の一つなのだな。
「ケーキケーキと先ほどからパン扱いしているけど、あのケーキと紅茶はセットで三十万以上するわよ、ベルフォグ令息様」
「……え?」
娘のものを食べただけという軽い気持ちで、友達の行為を見逃したのかもしれないがその女生徒は三十万以上を支払わなければいけないのだ。確実に恨まれるだろう。
「なんで、そんなに、高い」
「私の手作りというのもあるけど、高級な材料だけ使ってるから」
「……ああっ、ああっ!」
簡単に述べるとうちの商会の規模を思い出したのか、手が緩み扉から遠ざかる男生徒。
「すみません!すみません!すみませんでしたー!許して!許してください!反省します二度としません!」
元婚約者になることがこの時点で決まっているベルフォグの哀れな声が廊下に消えていく。明日には他の生徒にも聞こえている、嘆きへの笑い声に耐えきれるかは健闘を祈ってあげよう。
「お母様、まさか話して次の日に来てくれるなんて」
「フットワークは軽いの」
「ふふ、ありがとう。はーあ、ケーキが食べられてしまったわ。最悪……」
「いくらでも作ってあげるから元気を出して」
肩をポンと軽快に叩き、娘を立たせる。自店舗の一つであるパティスリーに連絡をしておいたから好きなだけケーキでも紅茶でも食べれるわ、と声をかけた。
厨房の者たちもぜひきてほしいと肩を鳴らしていたほどだと言えば、力無く笑った娘は一度廊下を見る。さよならの代わりに、婚約者と交換したアクセサリーの腕輪を静かに外した。
「さ、行きましょう」
「うん」
ケーキ屋で食べているとキャンプ用のバッグを背負ったまま、慌てて来た息子の兄と落ち着いた夫が合流する。
「お前もキャンプすれば一皮剥けるぞ」
「今日剥けたばかりよ、お兄様」
「いやいや、キャンプはいいぞ」
「部屋の中が一番でしょう」
アウトドアとインドアのぶつかり合いを仲裁しないのが、いい兄妹のコミニュケーション構築方法なのだ。夫はケーキを一口掬うと一つの書類に赤いインクで婚約白紙の文字を書き付けると、家令に音一つさせず渡して座り直した。
兄妹のまだ続いている会話を楽しんでいるのだと妻の勘で理解し、娘と息子の間から香り高い紅茶のカップを軽くあげれば、相手も同じ仕草をしてお互いにお疲れ様を伝えあった。
最後まで読んでくださり感謝です⭐︎の評価をしていただければ幸いです。愛情しかないものを雑に食べられたら誰だって怒りますよね




