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短編2

かわいいもの

作者: 猫宮蒼
掲載日:2026/07/30



 あたしはアイナ。

 魔道具ギルドに所属する魔道具職人。


 魔道具っていうのは魔法に近い事ができる便利な道具。


 魔法は魔力を制御して発動させないと駄目なんだけど、その魔力制御っていうのが実はとんでもなく大変なんだ。あたしも少しだけ使えるけど、正直滅茶苦茶頑張って制御して発動させても割に合わないと思っている。


 大魔法使いとか呼ばれるくらいの存在じゃない限りは、魔法を使うよりは道具に頼った方が絶対にいい。


 どれくらい大変かっていうと、コップ一杯の水を汲むために井戸にいくどころか、大陸一つ越えて更にその先の泉に行くくらい。コップ一杯の水のためにそこまでは流石にしないでしょ?

 それなら近場の川とか池とか、井戸とか。とにかくそっちで済ませるもの。普通は。


 もうちょっと魔法の扱いが上手な人は違うのかもしれないけれど、あたしにとっては魔法はそれくらい大変で面倒で、それでいて使ったところで効果が微妙でとっても割に合わないのだ。

 その点魔道具は違う。

 魔道具は誰が使っても同じように効果を発揮できるもの。


 そんな便利な魔道具は確かにちょっとお値段もするけれど、でも生活を支えてくれる物であるからこそそこかしこに流通している。

 そしてその道具を作ったり直せる職人はある種の安定職だ。食いっぱぐれる事がない。

 でもそんな職人にもピンからキリまでいるわけで。

 有能な職人は場合によってはお貴族様お抱えだったりする。


 ちゃんと労働の対価を支払ってもらえるならいいけれど、中にはとても悪徳な貴族もいるらしく半ば脅しで無理矢理雇う……なんて事もあるらしい。

 そういった者から守るためのギルドだ。


 ギルドに所属していれば少なくとも無理矢理うちで働け! とやられる事はない。ギルドから強引に引き抜いたらそれこそギルドを敵に回すし、そうなったら他のお貴族様の方にもとばっちりがいくようになってるから。


 ギルドが結成される前にはそんな事があったらしいと聞いて、生まれる時代が今で良かった、なんてあたしは思ってる。ギルドの無かった頃には貴重な職人だっていうのに使い潰されたりもしてたんだって。むしろそんな奴こそ地獄に落ちろと思うよ。道具は壊れたら修理できる。でもその修理する職人が壊れたら誰が治せるの?

 お医者様とか聖女様とか、それでも駄目ならどうしようもないじゃないか。

 道具を大切にするのは職人を大事にするのと一緒だと思っている。だから道具も職人も大事にできない奴からは道具を使う資格を取り上げてほしいくらいだわね!


 まぁ、道具を使うのに資格が必要、なんて物は極わずかだから、大半はそんな資格を持ってないんだけど。



 実のところあたしがギルドに所属したのは、そう昔の話じゃない。

 割と最近なんだ。


 最近ようやく一人前って師匠に認めてもらって、独り立ちしようと思って師匠の元を離れて大都市ミッケリュードにやってきた。

 師匠からは一人前と言われても、世間一般から見ればあたしは駆け出しも同然だ。

 だから、まずはとギルドに所属した。

 野良職人なんて悪い奴からすれば都合の良いように使い潰せるものだからね。身を守るためにもまずはちゃんとした組織に所属するのが大事ってやつ。



 実はあたしはそこで恋をした。


 した、うん、過去形だ。

 失恋した。


 まぁ仕方ないよね。あたしが好きになった人があたしの事を好きになってくれる可能性って、ゼロじゃないけど百でもないんだから。



 あたしが好きになった人は、同じギルドに属するジャン。

 一見するとちょっと頼りない雰囲気なんだけど、でもバリバリ戦闘もこなせる武闘派で、魔道具職人としての腕もいい。

 魔道具職人は基本道具を作ったり修理するのが主だから、戦闘ができる奴ってーのは実のところそう多くない。

 でも時々道具を修理するのに必要な部品がなくて、調達するために危険な場所に行く事も場合によってはあったりする。

 大半は冒険者ギルドに依頼を出して調達に行ってもらうか、護衛を雇って自ら赴くか。

 でもジャンは護衛無しでもどうにかできる実力者で、最初に頼りなさそうな印象があったせいでギャップっていうの? それにやられて、ちょっと気になる相手から気付いた時にはすっかり恋に落ちてたんだ。


 でも恋を自覚した時には、ジャンには相手がいる事も知ってしまった。


 その相手はシノンっていう、やっぱり同じく魔道具ギルドに所属する人だった。


 言ってしまえば先輩っていう存在。


 先輩って言ったって、あたしより先にギルドにいたってだけで、あたしの面倒を見てくれたりとかしたかっていうと、そこまででもない。

 確かに手が足りない時に助けてもらったりしたけど、それと同じくらいあたしも手伝ってるからそこはお互い様。



 あたしは周囲から愛嬌がある、って言われたりもしたけれど、シノンは違った。

 いつだってむっすりとした表情っていうの? 笑ったりした事なんてないんじゃないか、って思えるくらいで、楽しいって思った事ある? ってともすれば聞いちゃいそうだった。

 顔は悪くないと思うからもうちょっと愛想良く振る舞えばいいのにって思った事もある。


 職人としての腕は凄いと思う。

 でもその態度のせいで、時々依頼にやってきた人と険悪な雰囲気になったりしたことだってあった。


 まぁ、職人って頑固な人も多いから、シノンの態度はそういうのと比べるとそこまで悪いものではないんだけどさ。


 あたしが恋をしたジャンの恋人がシノンだって知った時はそりゃあ驚いたよ。

 だってどう見たってそんな雰囲気に見えなかったから。


 勿論仕事とプライベートを分けてるって人もいるから、二人もそうなのかなって思ったりもしてたんだけど……でも、他の人に聞いてもプライベートでもシノンの態度ってそこまで変わらないんだって。


 ジャンは一体何が良くてシノンと付き合ってるんだろう?


 あたしは最初、ジャンへの恋をすぐに諦められなくてそんな風に思っちゃった。

 なんだったら、ジャンのシノンへの想いが冷めたらあたしに振り向いてくれるんじゃないか、なんて馬鹿な考えをしたくらいだ。


 堂々と略奪――とまではいかなくても、それとなくシノンとの仲を探ってどうにかジャンの恋が冷めてしまえば……なんて思ったのだって一度や二度じゃない。露骨にあたしがジャンに言い寄ったら流石にジャンにも迷惑だろうと思うだけの冷静さはあったし、周囲からあたしへの目も冷ややかなものになるかもしれない、って考える程度には保身もあった。


 シノンは愛想がないけど、それでも周囲との仲が悪かったわけじゃないからね。


 そんな相手の恋人を奪おうとしている、なんて思われたらどうしたってあたしの方が悪いし、そしたら周囲のあたしを見る目は最悪なものになるだろう。

 ギルドの中での居場所をなくすのは、あたしにとって得策ではない。

 折角大都市にまで来て、自分のせいで居場所を失うような馬鹿な真似をするつもりはなかった。

 だってここに居づらくなって他の所に行こうにもさ、大都市って事は相当な数の人がいるんだから。あたしが出ていった後、あたしがギルドを出る事になった話が噂として広まったりするかもしれないし、それを耳にした冒険者が各地に足を運んだりすれば、あたしが新たに見つけた居場所でその噂が流れる可能性もあるわけで。


 その頃にはあたしがマトモに仕事をしていたとしても、悪い噂として広まれば折角積み上げていた信用や信頼が崩れてしまうかもしれない。

 そうしてまた居心地が悪くなって別のところへ……なんてのを繰り返したってそんなのなんの解決にもならないし、いずれ行きつく先がなくなるかもしれない。


 そういう風に考えるくらいの冷静さは、当時からちゃんとあったんだよ。これでもね。



 でもさ、それはそれとしてやっぱり納得いかなかったわけ。


 だって仕事でもプライベートでもシノンの態度がそこまで変わらないのなら、本当にどうしてジャンは彼女と付き合ってるんだろうって。

 休みの日に二人きりになってイチャイチャしてるとかならまだしも、そんな話すらなかったみたいだからね。


 ギルドじゃたまに飲み会と称して皆でパーッと酒を楽しんだりすることもあるけど、その時もシノンはお酒を飲みはするけど一杯だけ飲んだら後はさっさと切り上げちゃうし、こういう機会に皆と話して親睦を深めればいいのにそんな様子もほとんどない。


 あたしの方が後から入ったのに、気付いたらあたしの方がむしろ周囲と打ち解けて昔からいましたみたいになってたんだよ?


 いつだって滅多に表情を変えるでもないし、話をしても淡々としてすぐに打ち切るようなシノン。


 一緒にいて楽しいって思うような事もないから、そうなると余計にジャンがどうしてシノンと付き合ってるのかって思っちゃうわけ。

 だってこの頃まだあたしはジャンの事を諦められなかったから。


 どうしてなんだろ、って思うたびにあわよくば恋心が冷めてお別れしてくれないかなって、そんな風に思ったよ。


 率先して二人の仲を引き裂いてやろうとはしてない。あくまでも二人が別れないかなって願うくらいだ。それくらいなら別にいいだろ。死ねばいいだとか、そんな物騒な事だって考えたりはしなかったんだからさ。


 飲み会だとジャンは最初こそ周囲と話をしたりして盛り上がったりもするけれど、最後の方になると大抵はシノンの隣に座っていた。

 会話もロクに成立していない。それはジャンが話しかけてもシノンが無視してるとかじゃなくて、どっちも互いに無言のままだからだ。


 二人はそれでいいのかもしれないけど、でも傍から見てるとなんていうか……本当にあの二人、付き合ってるの? って聞きたくなるくらいの微妙な空気だったんだよ。

 だからかな、余計にジャンの事を諦めきれなくて。

 もっと周囲にわかりやすいくらいラブラブだったらあたしだってずるずると恋心を引きずらないでスパッと諦めがついたかもしれない。


 ……いや、これはまぁ、あたしの虚勢だったね。

 多分仲が良かったとしても、すぐには諦められなかったと思うよ。

 そんな簡単に諦められるような恋だったら良かったのにね。


 あたしも露骨に秋波送ったりはしてないと思うけど、それでもそこそこ恋心が長引いたのは事実だ。

 けどその、そこそこの時間が経過すると、それなりに冷静な部分が大きくなってくる。


 仕事に関してはいつだって冷静に事を進めていけたけど、恋に関しては完全に理性を失ったりしてなくても、やっぱり仕事と比べると冷静な部分は小さかったんだと思う。

 それが時間の経過と共にようやく仕事の時と同じくらい落ち着いて見れるようになってきた。


 なんかさぁ、そうやって落ち着いて二人を見てると、シノンよりもジャンの方がシノンの事を好きなんだろうなって思えるようになってきたわけ。


 シノンがジャンを好きで、ジャンは別にそこまで……みたいな感じだったらさ、ジャンも同情とかそんな気持ちで付き合いを続けたりしてたかもしれない。

 シノンを振る程の理由がないから、なんて。


 もしそうだったなら、あたしが付け入る隙はあったのかもしれない。


 仮にもしそんな隙があったとしても、その場合あたしはジャンの事を好きになってたかわかんないけどね。

 あたしが好きになったジャンは、少なくとも同情でシノンと付き合うような男じゃなかった。

 シノンの事が好きなジャンが、あたしの好きになったジャンだから。


 だからさ、いっそすっぱり諦めようって思ってあたしジャンに聞いたんだ。

 シノンのどんなところが好きなの? って。


 自分の好きな男が別の女を褒めて惚気てたら、流石にあたしの恋心も粉々になってくれるかなって。

 あたしがジャンに告白したとしても、ジャンはきっとこっ酷い振り方はしないだろうなって思ったから、だったらじゃあ自分でケリをつけなきゃだろ?

 自分で自分にトドメを刺そうってのも後から考えたら大概だなって思ったけど。


 でもあの時はそれくらいしか思いつかなかった。


 ジャンがシノンをべた褒めして嫉妬に駆られるような気持ちになったらどうしようかと思ったけど、そうはならなかった。


 だってジャンが言ったんだ。


 シノンはとても可愛いって。


 まぁ、恋人だもん。そう見えるって事だよね。


 だからさ、あたしも突っ込んだよ。

 どんなところが可愛いって思うの? って。


 もしかしたらジャンからすると、あたしがシノンと張り合おうと思ってるとか、思っちゃったかなぁ……?

 そんなつもりはなかったんだけど……恋を諦めようって思ってただけで。


 ともあれあたしのそんな質問に、ジャンはちょっと困ったように笑って、それからゆっくりと教えてくれた。


 シノンが普段持ってる物って機能性重視でデザインは完全に無視しましたみたいな物なんだけどさ、でもシノンって実は可愛らしい物が好きなんだって。ホントは可愛い雑貨を売ってるお店とか、可愛い服を売ってる店とか、そういう所に行きたいらしいんだけど一人じゃ気恥ずかしくて行けないんだって。

 可愛い小物とか周囲に置きたいらしいけど、でも周囲から見て自分はそんなガラじゃないって思ってるんだって。

 だからジャンはそんなシノンに可愛らしいデザインで、使い心地も良いペンをプレゼントしたって言ってたけど……シノンがそんなのを使ってるところ、あたしは見たことがない。

 折角贈られた道具が使われないのは、なんていうか道具職人であるあたしからすると残念な気持ちになるけど、でもジャンは言ったんだ。


 職場で使ったりはしていないけど、家では使ってくれてるみたいだから、って。

 普段職場で話したりすることはあんまりないけど、でもシノンは実は沢山おしゃべりしたいみたいで、可愛らしいデザインの便箋で手紙を送ってくるって。


 職場で仕事の話以外しちゃ駄目、ってわけじゃない。

 勿論仕事そっちのけでおしゃべりは駄目だけど、世間話をする余裕はある。

 それなのにシノンはジャンと話をするでもなく、むしろ放っておけば一人で黙々と何かの作業をしたりしてたから、てっきり人と話をしたくない人なんだと思ってたのに。


 手紙でのやり取りをしてる事もあって、職場で話をしようと思ったら逆に話題がない、なんて事も言ってた。


 なんだか意外だなって思ったよ。そりゃね。


 普段表情をロクに変えもしない不愛想なシノンだもの。

 他の人に話しかけられてもぶっきらぼうで、すぐ話を終わらせるんだもの。

 ジャンが言わなかったらあたしずっとシノンの事人間嫌いなんだなって思ってたに違いないもの。


 前提としてあたしからシノンに話しかけようって事があんまりなかったから余計に。

 だって恋敵みたいなものだよ? シノンがいなかったらもしかしたらあたしだってチャンスがあったかも、って思ったりした事もあったからさ。でもだからってシノンを敵だと思って下手に突っかかるような真似するのはさ、ギルドの人間関係悪くする事になっちゃうじゃん?

 職人としてのライバルならまだしも、恋愛関係のライバルで揉めたら周囲だって面倒に思うわけ。あたしだってそれくらいわかってるよ。


 だからうっかり突っかかったりしないようにあたしはシノンに仕事の用事がない時以外は話しかけないようにしてた。


 でもさぁ、ジャンがあまりにもシノンの事をべた褒めするもんだから。


 本当かなぁ? って思ったよ。

 だってあたしが見たシノンとジャンが見るシノンだと別人じゃないの!? って思えるくらい違うんだもの。

 ジャンもそれをわかってたみたいで、やっぱり困ったみたいに笑ってたけど。


 だからかな。

 その話を聞いた後からあたし、シノンの事もっとよく観察してみようって思ったんだ。


 でも観察し始めたからって、そんなすぐにわかるようなものでもなかった。


 ただ、ギルドであんまり話したりしていないはずのジャンとシノンが、言葉を交わさなくてもわかりあってる、って思えるような事はあった。

 あぁ、手紙でやり取りしてるってのは本当なんだなぁって思ったよ。だからもうちょっとじっくりよーく観察してみようって思った。


 そしたら、ジャンの言うシノンについてもわかるんじゃないかなって思ったから。


 でもあたしはシノンと仲が良いわけでもないからさ。

 ちょっと見たくらいじゃ全然だった。


 シノンの良いところはきっとジャンにしかわからないんじゃないかなって思うようになってった。


 恋を諦めようとしてジャンが好きなシノンの良い部分を見て、あたしが敵わないから諦めようって思えるような決定的な事はなかったんだ。だからなんていうか微妙にずるずると引きずったままだったんだけどさ。



 でも、それがある日突然終わりを迎えた。



 ギルド総出で受けた大仕事が終わって、ぱーっと飲もうってなったんだ。


 この時は本当に大変だった。いつも以上に仕事量が増えて、皆ひぃひぃ言ってた。

 でもそれがようやっと終わって、皆解放感で一杯で。


 大仕事だった間はロクに息抜きもできないくらい忙しかったから、羽目を外す奴も出たよ。

 飲んで酔って脱ぎ始めた奴もいた。


 あたしは羽目を外すより先に他がやらかしてるのを見て冷静になっちゃった側だった。


 流れに乗り遅れたななんて思いながらも、あたしだって酒は飲む。見た目からアルコールなんて飲めませんみたいに思われてるけど、でもあたしの一族は大酒飲みが多いからね。大男が一献で倒れるくらいのものだってけろりと飲み干せるよ。


 だから周囲が飲め飲めと勧めてきたのをカパカパ空けて、逆にそいつらを酔い潰してやったくらいさ。


 そうやってある程度が静かになってから、ふとシノンの事を思い出した。


 シノンはいつも隅っこの方で一人でいて、今回もそうだった。

 お酒の注がれたコップを両手で抱えるようにして、じっとしている。

 シノンはいつもそうだから、周囲ももう絡みにすらいかなくなってた。


 でも、今回は違ったんだ。


 いつもは一杯飲んだらさっさと帰るようなシノンが、今回は残ってた。


 多分ジャンを待ってたんじゃないかと思う。

 ジャンはギルド長に呼ばれて何やら話をしてたみたいだから。

 その間にいつものように一杯飲み終わって、そこでいつもならお酒を飲まないはずのシノンは、どうやら他の誰かが注いだらしき二杯目を口にしていた。


 ちびちびと舐めるように。


 もしかしてあんまりお酒に強くないのかもしれない。


 どうしよ、水持ってった方がいいかな。

 そんな風に思ってたら、ジャンが戻ってきたんだ。


 そしたらさ、シノンったらパッと表情を輝かせて、ジャンを呼んだ。


 びっくりしたよ、あんな風にシノンの表情が変わったのなんてあたし見た事なかったもん。


 酔い潰れてない他の連中はそっちで盛り上がっててシノンの事なんて気にも留めてなかった。

 だからその表情を見たのはあたしとジャンだけだ。


 驚いて思わず固まってたあたしの事なんてシノンは気付きもしてないし、ジャンもあたしの事なんて見てなかった。まぁそうだよね。恋人がいて、それ以外がいるなら優先して見るのは恋人だろうし。


 あたしが見てるのなんて気付いてないまま、シノンはジャンを呼んだ。


「ジャン」

「どうしたの、シノン」


 シノンは両手で抱えるように持っていたコップを置いてジャンに手招きした。


 ジャンはそのままシノンに近づいていく。


 そうして両手を口元に持っていったシノンはジャンの耳に寄せて、まるで内緒話するように――実際内緒話だったんだろう――言ったんだ。


「ジャン、大好き」


 本人的には内緒話なのかもしれない。

 でも、あたしには聞こえてしまった。

 あたしはシノンとジャンに注意を向けてたから。周囲は聞こえてなかったんじゃないかな。


 そう言ったシノンは満足そうにふふっと笑って、それから手を外した。


「内緒ですよ?」

「……うん。内緒ね」


 ジャンはやっぱりいつもみたいに困ったような笑顔を浮かべて頷いた。


 本人へ告白しておいて内緒も何もないだろ、って思ったよ。

 思ったけど、へにゃっと笑ったシノンが本当に幸せそうだったからさ。


 野暮な突っ込みは無しだって思っちゃったんだよね。


「僕も好きだよ」


 それからジャンが同じように伝えたら、シノンったら元々ほんのり赤かった顔を更に真っ赤にして、笑ってた。


 その後はすっかり酔いが回ったみたいで、ジャンはシノンを抱えて帰ってったよ。

 あたしはそれを見てるだけだった。だって割り込めやしないじゃないか。それこそ馬に蹴られちまうよ。


 あー、はいはい、成程ねって思った。

 こりゃ絶対に割り込めないやってね。

 それからジャンが言ってた意味も分かった気がした。


 あんな風にもっと素直に感情を表に出してたら、シノンはもっと周囲と上手くやれてるんじゃないか、とも。


 でもあたしがそれを言う事はないよ。

 確かに人間関係円満にできるとは思うけど、でも愛想振りまくのだって注意が必要だからね。面倒な奴に目をつけられたら本当に大変だからさ。


 だからさ、思ったんだ。


 シノンの愛想が悪いのは、アレでああ見えて自分を守ってるんじゃないかって。

 酔っ払った時のアレが常に、だとロクでもないのに絡まれそうだし。ああして一線引いてるのがシノンなりの処世術なのかもしれない。


 そんな風に思った。


 別にさ、あたしはあたしが世界で一番大変だなんて思ったりはしてないけど。

 でも今までシノンの事なんて特に気にした事なんてなかった。

 だから好き勝手思えたんだと思う。


 でも、シノンにもシノンなりに大変な事があって、それでああなんじゃないかって。

 この時から思うようになった。


 視野が少し広がった、と言えるかもしれない。


 あたしの恋心は木っ端微塵に砕けたわけじゃなくて、ゆっくり水底に沈んでいくようになくなってったわけだけど。


 そしたら今度はジャンじゃなくてシノンに興味が移ったんだと思う。

 今までは勝手に恋敵だと思って、それ以上知ろうとはしなかったからさ。


 だからちょっとだけ歩み寄ってみようかなって思ったんだ。


 そう思ったところでさ、いきなり態度なんて変えられない。向こうにしてもいきなり態度が変わればなんで急に? って思うだろうしね。


 だから伝えないといけない事があって、でも話しかけるにも相手が他の優先するべき事がある時に、あたしはメモを書いて残すようにした。


 今までもそうした事はあったよ。

 でもその時はさ、下手に可愛らしいメモは駄目かなって思ってたんだ。

 シノンはいつもシンプルな物しか使ってなかったから。


 でも気にせずあたしは他の人から貰った――なんでもあたしに似合うらしいと思ってとのことだ――あたしの趣味じゃないそれはもう可愛らしいメモを使ってシノンに伝言を残したんだ。


 勿論シノンの態度がすぐに変わるなんて事はなかったよ。

 でも、以前のあたしならきっとシノンが仕事に使うメモにこんな装飾過多な無駄なものを……とか言われるんじゃないかと思って使うのを避けてた物を使うようになって、シノンも最初は面食らった様子だった。

 こっそり様子を窺ったりもしたけど、今までのメモとかは確認したらすぐさま処分されてたっぽいのに、可愛らしいメモはすぐに捨てずどうやらそっと保管してるみたいだった。内容は別に大したものじゃないから捨てたって全然構わないんだけどね。


 その後で、あたしは余った可愛らしいメモをシノンに押し付けた。

 いっぱいあって使い切れないからって。

 その時のシノンの顔ったら、眉間にしわなんて寄せてとっても難しい顔してたよ。今までのあたしだったらこれ絶対怒ってるなって思うくらいに。

 でもシノンは怒らなかった。いらない物を押し付けないで下さい、なんて言われたりもしなかった。

 突っ返されたりもしないで、シノンはそのメモを受け取って――その後あたしに伝言があってメモを残す時にそれを使うようになった。


 なんでだろうね。


 書かれてる文字は今までと変わらないのに、メモが可愛い感じになったからか文字もなんとなくそう見えるようになった。


 シノンが変わったわけじゃない。

 きっとあたしの見方が変わったんだと思う。受け取り方とか。


 そしたらさ、なんていうの?

 今までは話しかけるのも躊躇ったりしてた事だってあったけど、それがあまり気にならなくなってきたんだよね。


 だから思い切って休みの日に誘ってみたんだ。

 ジャンとデートだったら申し訳ないから、暇だったらでいいんだけど、って。


 新しくできたカフェに誘ったりなんかしてさ。


 あたしも普段一人でそういう場所に行く事ってあんまないんだけど、でも友達となら行く事だってあるよ。


 この時点だとあたしはともかく、シノンがあたしの事を良く思ってるかどうかなんてわからなかったから、断られるんじゃないかなぁって覚悟もしてたんだけどね。

 でも誘いに乗ってくれたから。


 新しくできたカフェは見た目も可愛くて美味しいメニューがいっぱいで、カップルで来てる人たちもそこそこいた。でも、あまりにも可愛らしい雰囲気に男の人はちょっとだけ気おくれしてる感じだったかな。悪い事をしてるわけじゃないんだし、堂々としてればいいのにって思うけど、思ったからって必ずしも実行できるとは限らないもんね。シノンもなんでか最初は雰囲気にのまれてるみたいだった。



 あたしさ、シノンに謝ったよ。

 ジャンが好きだった。だからジャンと付き合ってるって聞いて勝手に嫌いになりかけてた。

 でもシノンにしてみればそんなの知った事じゃないだろ?

 あたしとシノンが同時期にジャンを好きになって、とかならまだしも、その時にはとっくに二人は付き合ってたんだから。後からやってきて勝手な思いを持ったのはあたしなんだし。


 最近になってようやくジャンの事は――恋をする相手じゃなくて、頼れるギルドの仲間っていう風に見られるようになってきたから、略奪するつもりもない事だって伝えた。


 勝手に悪く思ってた時もあったから、もしかしたらその時に失礼な態度をとってたかもしれない。

 関わらないようにしようって思ってたから、あたし自身はそこまで酷い態度をとったって自覚はなかったけどね。でもシノンがどう思うかなんてわかんないじゃん?


 だから今までの事で失礼な事やってたらごめんって謝った。


 そしたらシノンが不思議そうな顔をするんだ。


 失礼だと思った事はないって。

 それにあたしがジャンの事を好きだったって言われても傍からみてそんな感じじゃなかったからって。

 誰かに対して露骨に態度が違うと感じ悪いかなって思ってたから、確かにあたしジャンに対してもそこまでわかりやすいアピールはしてなかったけど、でもそれってあたしだけがそう頑張ってただけで傍から見たらバレバレ、なんて事だってあったかもしれない。そう考えて、もしシノンから見て不愉快だったらごめんね、のつもりだったのにシノンったら全然気づいてもいなかったし気にもしてなかった。

 だから謝罪は必要ないんだって。


 そう言われてもさ……こっちはこっちでけじめとか、あるじゃん?

 この謝罪が自己満足って言われたらそこも否定はできないけど。


 シノンは少し考えて、謝るために今日誘ったのかって聞いてきた。


 謝りたかったのもそうだけど、でもそれだけが理由じゃない。


 あたしはジャンから聞いてシノンの事がちょっと気になったから、シノンの事が知りたくて誘ったって素直に答えたよ。


 ジャンはシノンの事が可愛くて仕方ないみたいに言ってたけど、今までは全然そう思わなかった。


 でも、少し前の打ち上げでジャンに告白してたシノンを見て、あぁこれが、って思った事も。


 そしたらシノン、顔を真っ赤にして消えそうな声で忘れて下さい……なんてさ。

 両手で顔を隠すようにしてても、指の間から見える部分が本当に真っ赤だったんだ。


 けどあたしからすると、そこでジャンの言うシノンが可愛い、の一端を垣間見た感じだったから。


 そこら辺もきちんと伝えたら、シノンは運ばれてきたお茶をぐいっとあおって、そこでようやく少し落ち着いたみたいだった。

 あまりにもあたしが正直に言うものだから、だったらこっちも正直に話しますね、なんて。


 あたしがジャンが好きだったって聞いた瞬間、てっきり宣戦布告でもされるんじゃないかって思ったんだって。でもそうじゃないって知って、あたしがシノンを知りたいって言ったから。

 だから誤魔化さず正直に答えてくれるんだって。


 ……あたしが思ってた以上にシノンって実は義理堅いのかもしれない。いや、馬鹿正直なのかも。


 なんだか今までのあたしの中のシノン像と目の前のシノンがどんどんかけ離れてくのを感じたよね。


 折角だからあたしはシノンといっぱい話した。


 ここまできてお互いにもじもじして話もしないなんて、意味がないからさ。



 シノンは小さな村の生まれで、見聞を広めるって理由で村を出たんだって。


 でもその理由は表向きで、実際は村を捨ててきたんだとも。


 薄情だとは思うけど……ってシノンが自分で言ってたけど、でも話を聞いてくと離れて正解なんじゃないかなぁって思っちゃったよね。


 シノンは昔からずっと可愛い物が好きだったみたい。


 でも同じ村の女の子たちの中でもシノンは少し背が高かったのもあって、他の子たちと比べて可愛い服を着ても似合わないって男の子たちから言われて、シノンの両親も他の子を褒めてシノンを貶してたんだとか。

 あんた似合わないねぇ、なんてあっさり言われて、それから別の子の名前を出されて。

 シノンが住んでた村はそこまで物が豊富ってわけでもなかったから、精一杯強請って手に入れた可愛い服は最終的に似合わないからって親が勝手に別の服と交換したみたい。

 それで、サイズを直して別の子がそれを着てるのを見て皆がシノンより似合ってるって褒めたり。


 服だけじゃない。

 可愛らしい小物を持ってもガラじゃないでしょとか、親がそんな風に言うせいで周りの子たちもシノンにはそんな風に言っていいんだって思ったみたいで。

 それどころか、村の女の子たちは他より少し背の高いシノンを、男の子みたいに扱った。


 村の男の子たちは女の子に対して揶揄ったり軽口を叩く事はあってもそこまでわかりやすく優しく振る舞ったりはしなくて、だから女の子たちは王子様みたいな役割をシノンに強いていた。

 やりたくない役割。好きな物を好きって言うと似合わないとか、変だとか。


 そういう風に言われ続けて、シノンは自分が好きな物を人に言うのが怖くなったみたい。


 似合うものと好きなものが必ずしも一致するわけじゃないし、別にそれが好きってだけなら構わないと思うんだけどね。


 そのまま村に残っても、ずっと周囲の望むシノンを演じなきゃいけないって考えたらそれは嫌だって思ったから村を出た。そう言われて、それは正解だとあたしも思わず頷いた。


 だって話を聞いてるだけのあたしでも、嫌な気持ちになったもの。

 似合う似合わない関係なく、好きな物を好きって言っただけで否定してくるような奴と一緒にいたいわけがない。

 お友達なら距離を取ればいいけど、よりにもよって身内がそれって救えない。


 ギルドの仲間は大半が良い人だけど、でも好きなものについて話をした時に否定されたらイヤだから、だからあんまり話をしなかった、って言われてあたしは根深いなって思った。

 確かにギルドの連中は気のいい奴らが多いけど、でもたまにデリカシーもないような事を口走ったりする時があるからさ……勿論わざとシノンを傷つけてやろうとか考えたりはしてないと思うけど、意図せずぽろっと吐き出した言葉が傷つける事はどうしたってあるわけで。


 だからそういう話をしないように、シノンはシノンなりに距離を取ってたんだって。

 まぁ好きな相手から嫌われたらその差が大きくて傷つくけど、最初から嫌われてたらそれ以上嫌われようがない、みたいな感じなのかも?

 それも随分と後ろ向きだと思うけど、でもそういう風にしたのってシノンの身内や同じ村の子たちなんだよね。全部が全部シノンのせいってわけじゃない。


 ジャンとはそんな中でふとした時に可愛い物が好きっていうのがバレて、でもジャンはそれを笑ったりしなかったからちょっとずつ距離が縮まって、そうして付き合うに至ったんだってさ。

 うん、ジャンなら笑わないってわかるよ。

 ジャンの前でなら少しずつ素の自分を出せるようになってきたんだって言って笑うシノンは、前に見た時と違ってまだ控えめな笑い方だったけど。

 でも、あたしから見ても可愛い笑い方だった。


 あぁ、ジャンの言ってた事が今ならよくわかるよ。


 シノンは可愛い。


 周囲ももっとちゃんと気付いてあげればいいのに、って思う気持ちと、でもそっと宝物みたいにしまっておきたい気持ちがどっちも同じくらいある。



「あたしも人を見る目はまだまだって事か……」

「どうしたの、急に」

「どうもこうも急でもないけど。

 あたし、ジャンを好きになったのは間違ってないと思ってる」

「う、うん」

「で、そんなジャンが好きって言ってるシノンがとても素敵な人っていうのも今わかった」

「そ、そうかな……」

「でもあたし一人じゃそこに気付けなかったの」


 ジャンが言うから気になった。そうじゃなかったらシノンの事なんて同じギルドに所属してるだけの人、くらいの認識のままだったもの。


「もっと人を見る目を養わなきゃ。それで、ジャンよりももっといい男見つけるんだ」

「アイナならできそう。でも、ジャンよりいい男がそう簡単に見つかるかな……」

「言うじゃん。シノン」

「ごめん」

「いいよ。いい男がそこらにごろごろしてるわけないしね。でもだからこそ燃えてきた」

「アイナって実はとても凄い人?」

「なんにせよ上を目指してるのは確かよ」

「それは確かに」


 シノンと接した時間なんてきっとジャンと比べれば極わずかで短いものでしかないけれど。


 それでも、最初と比べるとかなり打ち解けてきたと思う。


「ねぇシノン、改めてだけどあたしと友達になってよ」

「友達ってなって、って言うものなの?」

「時と場合によりけりよ。そんなん。

 ジャンと一緒に行くにはちょっと、みたいなとこでもあたしとなら行きやすかったりするでしょ。ファンシーショップとか」

「それは……う、確かに……でも利用するみたいでそれ友達って言えるかなぁ」

「お互いわかった上でやってるなら全然問題ないよ。あたしだって嫌ならイヤって言うし」

「アイナっていつもにこにこして周囲と上手くやってるけど、そういえば確かに自分の意見はしっかり言うよね」

「あ、わかってくれてる? あたしの事なんてシノン眼中にないかと思ってた」


「そんな事は……だってアイナ、私の好きな見た目してるからつい気を抜くと見ちゃうんだよね」

「ふふん、可愛かろ。あたしは別に可愛いとかそこまで重要視してないけどね。周囲も可愛いって言ってそこそこ甘い対応してくれるけど、同時にそれって舐められやすいって部分もあるからさ」


 そう。見た目同様中身も甘いお菓子みたいな存在だと思い込む層が何故か一定数いるのよね。迷惑な事に。

 そのせいであたしはよくあたしの趣味じゃない可愛い物を贈られたりもする。

 そんな風に言えばシノンは可愛い物をプレゼントの部分で羨ましい……って呟いてた。


 あたし個人としてはシノンが普段使ってるようなシンプルなやつのが楽でいいんだけどね。

 無い物ねだりと言ってしまえばそうかもしれない。中身だけお互いに入れ替わったらきっと丁度いいのかも……あ、でも入れ替わったらジャンが困るか。ジャンが好きなのはあくまでもシノンなんだから。

 ジャンはきっとシノンの外見が変わったくらいでどうこうなる人じゃないとは思うけど、シノンの中身も外側も全部ひっくるめて好きなんだから。


 ともあれ、そんな風にたくさんおしゃべりして、そこからあたしとシノンの関係はちょっとずつ変わっていった。今までは必要な時にしか言葉を交わさないような単なる同僚っていうやつだったけど、気付いたら周囲からも仲の良い友人だと思われるくらいにはなった。


 あたしも使い道に困ってた可愛らしい小物とかを遠慮なくシノン相手に押し付けたりして、シノンはそれを喜んで使うようになった。友達がくれた、って言えば周囲がシノンに似合わないとたとえ思ってたとしても面と向かって言えるわけないもんね。だってあたし可愛いから。その可愛いあたしが選んだ物、と思えばあぁ確かに選びそうだなって周囲は勝手に納得しちゃうらしい。それについては慣れた。

 友達がくれた物を嬉しそうに使ってるなら、周囲もシノンに水を差すような事言えないしね。



 そうして月日が流れてシノンはジャンと結婚したよ。

 結婚式には皆で参加したし、あたしはシノンからブーケを渡された。

 あたしなら絶対に幸せな花嫁になれるってさ。






「だからね、旦那様。ジャンについては確かにむか~し恋をした事はあるけど、今は全然そんな事思ってないし、むしろ今はシノンと一生幸せになり続けろくらいの気持ちのままだし、シノンはあたしにとっての大親友ってだけで旦那様が思い悩むような事ってなんにもないわけ。

 今のあたしは旦那様の奥さんなわけでしょ。心配する事なんてなんにもないじゃんね?」


 さてその数年後、あたしはあたしの言葉通り、文字通りの良い男を捕まえて結婚に至っている。

 ついでにシノンの言った通り、幸せな花嫁にもなった。


 まぁ旦那様はちょっと気の弱い部分があって、時々思考が後ろ向きになるのが玉に瑕。


 シノンとあまりにも仲良しすぎて、昔からの付き合いかと聞かれたから友人になるまでの流れを話したらあたしのコイバナも話す羽目になっちゃって、今でもジャンを想ってるんじゃ……ってなっちゃったのはやっちまったと思ってる。


「確かにジャンはいい男よ。なんたってシノンの旦那だもの。

 でもね、あたしの旦那様もそれに負けないくらいいい男なんだから、胸を張ってちょうだいな」


 あたしがそう言えば、旦那様はちょっとだけ照れて、恥ずかしかったのか視線をちょっと遠くに向けていたけれど。


「旦那様、ちょっとお耳を拝借」

「え、なんだい?」


 思えばあたしってあんまり可愛いものってそこまで好きでもなかったはずなんだけどな。

 でもシノンに合わせてくうちに、可愛いものもそう悪いもんじゃないって思うようになってたのかもしれない。

 感化されたと言ってしまえばそうなんだろう。


「これはね旦那様、内緒のお話なんだけど。


 あたしね、旦那様の事、世界で一番大好きよ」


 あたしがシノンを意識し始めた時の切っ掛け。

 それと同じように囁けば、旦那様は顔を真っ赤にさせて「わ、わぁ……」と小さな悲鳴をあげた。


 シノンがやった時はとても可愛く見えたのに、あたしがやるとそうでもないかも?


「ぼ、ぼぼ、僕は世界で一番愛してる……!」

「あとこれは全然秘密でもなんでもないけど、旦那様って世界で一番可愛いわ」


 ぼふんっ、と湯気でも出そうな勢いでそう告白されて、あたしまで真っ赤になったのは仕方のない事だと思う。


 可愛いからシノンに見て見てーってやりたいけど、でもこの旦那様はあたしのだからシノンにも内緒にしておこう。

 次回短編予告

 婚約者が浮気をしていたらしい。

 結果、婚約は破棄される事となった。


 次回 浮気現場を目撃されたのですからそうなります

 見たのは私じゃありませんの。

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