第七話 1on1
手のひらから離れたボールがリングに吸い込まれる。
ネットをくぐり落ちたボールを拾って、ドリブルしながらフリースローラインまで下がる。
体が温まってきた。
コートには俺一人。ステップを踏んで、もう一度シュートを放つ。ボールは弧を描いて、バックボードに当たってリングに落ちた。
パチパチと拍手の音が後ろから聞こえた。
「誰?」
「やっほ。またここで会ったね」
「天使くん?」
予想外の人物の登場に頭上にハテナが浮かんだ。
「実を言うと、ここで見かけたっていうのを聞いてね。それで会いにきたんだ」
「そっか。聞いたってのはファンクラブの人らから?」
「あはは、その呼び方は恥ずかしいんだけど。まぁ、そんな感じ」
「別に今回は相談とかしてないけど」
「まぁまぁ、ちょっとバスケしようよ」
そう言って天使くんが腕まくりをする。
「良いけど、手加減しないぜ?」
「えぇ、そしたら僕、手も足も出ないんだけど」
「この前ちょっと教えてやっただろ?」
天使くんは苦笑しながら駆け寄り、ディフェンスの体勢を取った。
少し緩急をつけてドリブルし、天使くんに迫る。
天使くんは半歩引きながらコースを塞ぐ。サイドステップだけじゃない。ちゃんと走ってついてくる。
ちゃんと教えたことは覚えてるんだな。
まぁ、でも。
「あ、」
二連続で切り返して抜き、レイアップを決める。
「やっぱこのフェイントは止められないな。いや、でも基本はちゃんとしてて偉いわ。一年にも見習わせたい」
「ありがと。この前教えてもらったからね。でも、全然だよ、ちゃんと部活してる人からしたら」
「まぁ、そりゃな。天使くん、見た目の割に筋肉あるよな。鍛えてるの?」
「ちょっとね」
「へぇ、運動部じゃないのに。てか、運動神経悪くないし、運動部入れば良いんじゃない?」
「うーん、僕も僕で部活があるからね」
「そっか。てか、今回もその話か」
転がっていたボールを拾い、天使くんがオフェンスに回る。
「バスケ部やめたんだってね?」
やっぱりその話か。
「まぁな、まだ退部届出してないけど」
「そっか」
ドリブルは、素人に毛が生えたぐらいだけど、前に教えたことはできてる。
なかなか中に抜け出せない天使くんが放った苦し紛れにシュートを放つ。
ボールはバックボードの上の方に当たってリングにかすりもせずに落ちた。
今度は俺がオフェンスだ。
「瀬尾くんから相談を受けたの。引き戻すの手伝ってくれないかって」
「やっぱ、和真か」
「そう。揉めたってのも聞いたけど。どうしたの?」
フェイクを入れてからシュートを放つ。天使くんの手は、届かない。
「別に。少し試合とかプレイのことでな。まぁ、俺がキレただけだし。悪かったとは思ってる」
「へぇ、偉いね。冷静に反省できて。謝るつもりとかもあったりするの?」
「どうだろう、今はあんま顔合わせたくない」
また天使くんがオフェンス。少し荒くなった息を整え、ボールをつき始めた。
「今、冷静に見れてるのは天使くんのおかげかも」
「僕のおかげって?」
「先輩と揉めて和真と一緒に相談しに行っただろ。間に入ってもらって誤解も解けて、おかげで先輩とも楽しくバスケできた。その時の学び」
「そっか。それは良かった」
シュートフォームを取った天使くんの前を遮るように手を上げる。天使くんは一歩下がりジャンプしてシュートを撃った。
「お、」
「あ、ダメだ。外れた」
「まだシュートはダメダメだな」
「うーん、力加減がむずかしくて」
「フォームも直せるな。ほら、ここはもう少し、肘下げて。左手は添えて、手首のスナップは、こう」
「なるほど? こんな感じ?」
「うーん、いや、もうちょっと……」
「ちょっと、一旦、休憩しよ」
シュートを教えたあと、十本ぐらい1on1をしたところで天使くんが音を上げた。
「オッケー」
ベンチに座って、水分補給をする。
「はぁ、やっぱ上手いね、バスケ。それにとても楽しそう」
「まぁ、そりゃな。ガキの頃から、こいつが俺の相棒」
そういってボールを指の上で回す。天使くんはおぉーと驚きの声をあげてパチパチと手を叩いた。
「大袈裟だよ、これぐらい誰でもできる」
「いや、俺の相棒って言いながら回すのかっこいいなって」
和真とかに言われたらバカにしてんのかと返すところだ。
でも天使くんに笑顔で言われると、そうも返しづらい。
少し恥ずかしくなって俺はボールを空に放った。それを追って空を見る。入道雲が高い。期末試験が終わればすぐに夏休みだ。真っ直ぐに落ちたボールが両手の中にすっぽりおさまる。それでも俺の視線はまだ空にあった。
「バスケ好きなんでしょ?」
「まぁなぁ」
あの雲、笛みたい。
「部活が嫌になったの?」
俺は少し答えを渋った。視線を落とすと、地面がやけに近い。
答えないまま天使くんの方を見る。まっすぐな目が俺を貫く。
目が合うと、ふっと表情がやわらいだ。
天使くんは何も言わない。ただ俺の答えを待っていた。
「天使くんは……誰にでもそうなのか?」
「そうって?」
「優しいっていうか。なんていうか」
「うーん、まぁ。僕はみんなの味方だからね」
「そうか……」
「瀬尾くんの一条くんを引き戻したいって願いも叶えたいけど、本人の問題でもあるから。一条くんの思いも尊重したい」
俺はその言葉に上手く返答できなくてモゾモゾと口を動かした。何を言いたいのか、そもそも言うことなんてあるのか、自分でもよくわからない。
「マジ、ダッセェからさ。あんまり言いたくないんだけど、てか、あんまりまとまってなくて、上手く話せなさそうというか」
「ダサいとか思わないから。誰にも言わないから。まとまってなくても、そのまま、思ったことを言ってくれればいいよ。」
「…………」
「あはは、こういう真剣な感じで話すのは苦手?」
「かも」
「じゃあ、気楽にまずは県予選の話とかから聞きたいかな」
お見通しか。いや、和真から聞いたのか。
「県予選な。今年はマジで狙ってて。まぁ、来てたなら結果は知ってるか」
「うん、色々見に行ってたから見れてない試合もあるけど」
「そっか、みんなの天使くんなんだもんな。あの試合、準決勝な。接戦だったんだけど、勝てる試合だった。でも、負けた。マーク結構きつかったのもあるかもだけど、その試合のちょっと前くらいから俺の調子が下がっててさ。全然決められなかった。得意のスリーも入らなくて、ドリブルも止められて。チームの足、引っ張った」
「そっか……。でも、一条くんチームで一番の点取り屋だったんでしょ? マークされて厳しいってのはしょうがないんじゃないかな」
「いや、焦りすぎだったんだ」
あの試合の様子は今でもありありと頭の中に思い描ける。
『おい、伊織! パス回せ!』
和真の声が聞こえた。でも、俺が点決めないとこの状況を打破できない。六点ビハインド。差がつき始めた。
パスフェイクからスリーを放つ。それは、ゴールリングに弾かれて第三クウォーターが終わった。
ベンチに集まる。みんなの荒い息遣いが聞こえる。
『伊織!焦りすぎだ、ばか。まだそんな焦る点数じゃないから、こっち手薄だしパス回してけ。そのうち、お前にもチャンスが来る。その時外すな』
『うっす。すいません』
『よし、ラストだ。行くぞ!』
『おぉ!』
終盤。二点差。先輩が相手のボールを奪った。残り時間は二十秒。パスはフリーになっていた俺に来た。スリーが決まれば勝ち。
落ち着け、入る。撃て、撃て。
放たれたボールは、またもやゴールリングに弾かれた。リバウンドは相手の手に渡って、ダメ押しのレイアップが決まって試合は終わった。
小刻みに震える手を、かいた汗が急速に冷えていく感覚を覚えている。
決着の瞬間は本当にあっけなくて、勝利は簡単に手からこぼれ落ちた。
「まぁ、そんで、おしまい。先輩は引退。俺も、自信無くしちまったんかなぁ。どうせ、勝てっこないみたいな。プロになれるわけでもないのに、部活やる意味とか」
「そっか……。悩む気持ちわかるよ。責任も感じちゃうよね」
「まぁ、そうだな」
俺はまた空をぼんやりと見ていた。
チラリと横をうかがうと、天使くんも空を見上げていた。俺の視線に気づいた天使くんがこちらを向いてニコリと笑う。天使くんは俺の話を聞いてどう思ったんだろうか。
「夏になるねぇ」
天使くんの口調はいつも穏やかだ。
前もそうだった。天使くんは本当に根気強く話を聞く。
朝高天使くんファンクラブの掲示板でも、よくその話が出ている。
「和真と揉めたってのはさ。実を言うとそれが部活に行けてない1番の理由なんだけど。練習試合してて、俺がパス回してたら。アイツがもっとゴール狙いに行けって言ってさ。マジでその通りなんだけど。イライラして当たったんだ。ちょっと見ててくれ」
ボールを持ち直して、スリーポイントのラインに立つ。
ジャンプして、シュートモーションに入る。
ボールは力無く目の前に落ちた。
「撃てないんだ。あの試合からスリーが」
天使くんの瞳が揺れた。
「イップスって言うんだっけ?」
「そ、てなわけで、俺はバスケ部にいたって戦力外なわけよ」
「……そんなことないと思うけどね」
天使くんは少し困った顔をした。
「…………どうかな」
「部活の人たちには言えてないの?」
「うん。言ってない。まだ言わないで欲しい」
「そっか、そうだね。色々考えちゃうとね。言いづらいよね」
「あぁ……」
実際、俺が考えてるのはダサいとこ見られたくないとか、何か言われるのが嫌だみたいな、そんなことばっかりかもしれない。
「バスケは好きなままなんだね?」
「今はまだ」
「そっか」
「ごめんな、俺たちの事情で迷惑かけて」
「僕は迷惑だなんて思ってないよ。むしろ話してくれてありがとう。僕がしたくてしていることだから」
そう言って天使くんは微笑んだ。
「そっか、ありがと」
「さて」
天使くんが立ち上がる。
「夕立が降りそうだね」
「え、そうか?」
「うん、濡れちゃう前に帰ろう」
天使くんに釣られて俺も立つ。
「あ、そうだ」
天使くんが振り返った。
「二日後、勝負をしようよ。1on1をするの、どう?」
「いいけど、なんで?」
「僕が勝ったら一条くんはバスケ部に戻って、瀬尾くんに謝る」
「……いや、訳わかんない。どうして、そんなことを天使くんがするんだよ」
「瀬尾くんから一条くんを引き戻してほしいって依頼を受けてるからね。何もしないわけにはいかない。多分、一条くんもバスケ部に絶対戻りたくないって訳じゃないんでしょ? でも、迷う自分もいる。上手く言い出せない自分がいる。そんな一条くんの思いを僕が勝って振り切ってあげる」
「……俺が勝ったら?」
「僕ができることならなんでもするよ。何が良い?」
「じゃあ、バスケ部に入ってよ」
「おぉ、それはちょっと意外なお願いかもな。うん、良いよ。負けないからね」
「あんまり舐めるなよ? そんでルールは?」
「四点ハンデでもらおっかな。それで五本勝負ってのはどう?」
「良いのか? それで」
「うん、勝つから」
ここまで自信満々になられると流石に、ボコボコにしてやろうって気がする。
「さっき十回やって一回しか取れてないけど」
「練習するから」
「一日で?」
「頑張る」
そう言って拳を握る天使くん。天使くんが何を考えているのかは、良くわからない。
でも、少し元気がでた。
「まぁ、良いや。二日後には格の差を見せてやるとして。ちゃんと約束は守れよ? 負けたら少なくとも一週間はバスケ部に入ってもらうからな」
「あはは、一週間で許してくれるんだ。優しいね。うん、約束は守るよ」
天使くんは空を背に笑った。
天使くんが帰ったので、俺もぼちぼち家に帰ろうというところで、パラパラと雨が降り出した。
「本当に夕立じゃん、やべ」
俺は家への道を急いだ。
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