第五話 一条
五月が終わると、いよいよ夏が近い。そのうちに梅雨になる。
雨の降る金曜日、車窓越しに外の景色を眺めながら、そんな風に思った。
「それで柚がさ。私のコーヒー奪って飲んだら吹き出して。ブラックだと思ってなかったんだって。マジウケる」
放課後、私は天音と二人で天使部の部室にいた。
相談者は誰も来ていないので、取り敢えずこの前の柚の失敗談を話していた。
「ふふ、柚さんは苦いのダメなんだね……。でも、ブラックが苦いのわかる。夏月さんはブラックよく飲むの?」
天音は今日も楽しそうに話を聞いてくれる。よく怖いと言われる私の話をこういう風に聞いてくれる人は珍しい。つい話すぎてしまう。
「いや、私も苦いからあんまり飲まないんだけど、その日眠くて」
「そっか、夜更かししてたの?」
「推しのライブ映像見てたら、いつの間にか1時超えてた。シウのビジュが爆発してて、マジで尊すぎてさ」
「K-Pop?」
「そうそう、イケメンいっぱいで楽しいよ。私も新参だけどハマってる。天音は、そういうの興味ないの?」
「うーん、あんまり知らないかな」
「そっか、オススメだよ。てかさ、天音って趣味何があるの?」
「うーん、ボランティアとか人助け、になるのかな」
一瞬冗談かと思ったが、本気らしい。
「すごいね」
天音は『好きでやっているだけだよ』とよく言う。
「すごくはないよ」
天音は照れくさそうに笑った。
少し言葉が途切れたタイミングで、ドアをノックする音が聞こえた。
「どうぞ〜」
「失礼しまーす」
「あ、瀬尾くん。こんにちは、バスケ楽しくやれてる?」
「こんにちは、天使くん。ありがと、お陰様で俺は楽しくやれてるよ。夏月も、こんちは、そっか天使部なんだっけ」
「やっほ、瀬尾。そ、先生に言われて入った。相談だよね、私がいない方が良かったら席外すけど」
瀬尾 和真。バスケ部所属。高身長で、顔も悪くないから女子の間でも割と人気だ。まぁ、彼女いるけど。
クラスでは自分から目立ちにいくようなタイプではないが、中心人物なのは間違いないと思う。
「いや、大丈夫。別に知られて恥ずかしいような話じゃないし」
「そっか」
「取り敢えず座りなよ。どうぞ、どうぞ」
天音が着席を促す。
「あぁ、ありがと」
机を挟んで私と天音の前に置かれた椅子に瀬尾が座った。少し俯いていた顔を上げて、私たちを見る。随分と真剣だ。
こういう真剣な表情を見ると、つい崩したくなる。けれど、天音の手前自重しておいた。
「天使くんは知ってると思うけど、俺達はインターハイ、目標にしていた全国に行けなかった。準決勝敗退だ。それで、二年でスタメンなのは俺と伊織だけだったんだけど。伊織が、あ、一条のことなんだけど。試合終わって少ししてから練習来なくなって……」
「一条くんが?」
「うん、今までこんなことなくて、問い詰めたんだけど、バスケは辞めることにしたって」
瀬尾の表情には困惑と苛立ちが見えた。
クラスでは爽やか君だけど、こんな顔もできるんだ。
「三年が引退してこれから二年中心のチームになるっていうのに。あいつがいないと……。俺、やっぱり全国行きたくて、そのためには伊織の力がいる。正直、三年よりも上手かったぐらいなんだよ」
知ってる。注目選手の雑誌に載ったこともあるらしい。天才なんちゃらって、なんだっけ。
「うん、天才シューティングガードって雑誌に載ってたこともあるよね」
「あ、そう、それだ」
思わず声が出てしまった。
「そうそう。まぁ、確かにあいつはどちらかと言えば天才肌だと思うよ」
「瀬尾くんは、パワーフォワードやってたよね。今度もそこ?」
「いや、多分、センターやることになると思う」
「そっか、背高いもんね」
「いや、全然。マジで高いやつはもっと高いから。それに三年生はもっとガタイよかった。俺も筋肉つけないと」
「そっか、頑張らないとね」
「そう、頑張んないといけない。勝ちたいからな、だから、あいつを呼び戻したいんだ。その手助けを天使くんにして欲しくて」
「そっか……。うん、第三者の方が落ち着いて話せることもあるかもだしね。良いよ。ただ、僕はみんなの味方だから。一条くんの話もちゃんと聞かせてもらうね」
「うん、取り敢えずそれでいい。俺、今あいつに避けられてるみたいでな。天使くんが納得するような理由があるときは俺も絶対話してもらうけど。よろしく」
「うん、任せて。喧嘩別れみたいな結末にはきっとさせないよ」
「ありがと、天使くん。夏月も迷惑かけるな」
「いいよ、私は部活だし、まぁ、私にできることがあるかは分かんないけど」
「ははっ、じゃあ俺も部活あるから、すまん、詳しい作戦的なのは木曜でいいかな」
「うん、良いよ。部活頑張ってね」
「うん、ありがと。じゃ」
瀬尾はいい笑顔で出ていった。相談することで幾分か不安が解消されたのだろう。
「さて、どうしようかな。取り敢えず、本人に話を聞かないとね」
「そうだね」
一条か、隣のクラスだから接点ないな。
「よし」
膝をペチ、と叩いて天音が立ち上がった。瀬尾との身長差は二十センチくらいかな。
「ちょっと、夏月さんどこ見てるの? そんなに高いところに僕の顔はないよ。さては、瀬尾くんと比べてるでしょ」
「ごめんごめん、まぁ、瀬尾は比べる相手が悪いよね」
「まぁ、正直羨ましく思う気持ちがないでもないよね」
「へぇ、天使くんも思うんだね」
「うん、もう少しガタイが良くて力が強かったら、色々、人助けに役立つ場面があっただろうから」
「うわぁ、さすが天音。羨ましい理由が他とは違うね」
「え、そうかな?」
「うん、いや、天音らしくて良いと思うよ」
私も立ち上がって、天音についていく。大体、目線の先に天音の頭があった。
これはこれで、威圧感とかがなくていいと思うよ。
一条を探してクラスに寄ったが、一条はいなかった。教室に残っていた人の話では、多分帰ったとのことだ。
一応、校舎内を少し探したがやっぱりいなかった。言っていた通り帰ったんだろう。
ついでということでバスケ部の練習を見にいく。うちの高校のバスケ部は四、五年に一度、全国に行くくらいのチームで、今年は割と期待大だったと綾音が言っていた。
ちなみに、女子は県でベスト4に行ったらみんなで赤飯パーティーだよ、と綾音が言っていた。
赤飯パーティーってあんまりパーティーって感じがしないけど。
「おぉー、やってるね」
男子と女子のバスケ部は体育館を半分に分けて練習している。
私は綾音が出てくるのを待つ時にたまに男子の様子も見る。それで、なんとなく雰囲気は知っていた。
今はチーム内で試合形式の練習をしているみたいだ。確かに一条の姿は見えない。
綾音はいた。頑張ってるな。えらいえらい。
笛が鳴ってちょうど男子は休憩になった。
「あ、天使くんじゃん。チース。あれ、夏月もいんの?」
げ、クラスの男子に見つかった。
「今部活中でね、ちょっと聞き込みがてら色々見て回ってたの」
「天使部か。え、夏月も天使部? 似合わな」
「うっさい」
松村 海斗。一言で言うならお調子者だ。悪気はないのかもしれないが、からみが時々、いや、よくウザい。
「ふふ、そんなことないよ。夏月さんは優しいからね。僕は結構向いてると思う」
「へぇ〜、天使くんの前じゃ女王様も丸くなるんだ。あ、ごめん、俺もどんないと」
「そもそも呼んでないから、早く帰れ」
「頑張ってね〜」
私の悪態と天音の応援にサムズアップして、お調子者は帰っていった。
先輩あれ誰すかって後輩に聞かれた松村が天使くんとうちのクラスの女王様と返したのが聞こえた。
「はぁ、うっざい」
「あはは、松村くんは少しお調子者なところがあるからね。悪気があるわけじゃないと思うし、許してあげてよ」
「天音ほんと顔が広いね」
「まぁね、色んなところに顔出すようにはしてるから。さて、一旦部室に戻ろっか」
戻ってから、天使くんが明日一条と話してみるということで決まった。今回も私の出番はあまりなさそうだ。
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