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放課後の天使くん  作者: 絲夜しづる
第二章 天使は猫を探す

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第四話 ポン

 今日は五月にしては少し暑い。

 時折吹く風に花の香が混じっている。甘い匂い。なんの花だろう。

 

 柚の家は、学校から十五分ぐらい歩いたところだった。


「ところでさ、猫を探すって具体的にどうすればいいの?」

 探偵が猫を探すみたいな話はよく聞くけど、実際どう探すかは知らない。


「普段室内で飼っている猫なら、まだ近くにいるはずだよ。塀の間、生垣、車の下とかを探したら良いんじゃないかな」


「へぇ~、詳しいね」


「たまに同じような相談が来るんだよね」

 探偵じゃん。浮気調査とかも頼まれてそう。


「じゃあ、猫が轢かれちゃう前にさっさと探そっか」

 


「ちょっと、縁起でもないこと言わないでよ」

 私の言葉に柚が噛み付いてきた。


「あはは、二人とも仲良くね。じゃあ、僕あっち探してくるね。家の周りぐるっと探す感じでよろしく」

 そう言うなり、天音は駆けていった。


「あ、天使くん」

 柚が天音に向かって伸ばした手は何を引き止めることもなく止まっていた。

 その手が下りて、柚はゆっくり私の方を向いた。


「あのさ、夏月さんはどうして天使くんの部活に入ったの?」

 柚が私を見上げる。天音に見せたような上目遣いじゃない。値踏みするような目。


「私の担任が天使部の顧問で、半強制で入れられたの。私、普段の態度悪いから少しは人の役に立てってことだと思う」


「へぇ〜、なるほどね。そっかそっか。夏月さん、結構悪い噂もあるもんね。テニス部の人から聞いたよ」

 テニス部……。嫌なことを思い出した。

 古岩柚。さっきまでの可愛らしさはどこへ行ったのか。今は軽蔑のこもった表情で私を見ている。でも、私としてはこっちの方が分かりやすくて良い。

 柚は天音とは反対方向に歩き出した。


「びっくりしたよ。天使くんに会いにきたら夏月さんもいて。なんの冗談、正反対じゃんって」


「正反対ってのには私も同感かも。私からも良い?」


「何?」


「柚は天音が好きなの?」


「いや、違うし。好きとかじゃないから。人気あるし? 天音って苗字も可愛いし? 向こうから来て、ツモれたら、まぁちょっとラッキーって感じ?」


「残念ながら天音にそんな感じはないね」

 サラッと結婚まで考えてたなこの子。


「…………そうなんだよね。私の可愛いが通じないなんて悔しい」

 随分と自分に自信があるようで。


「天音ってさ、友達いるのかな?」

 道端の石ころを蹴って、脇に飛ばす。


「え?」


「私、天音が誰かの隣を歩いてるとこほとんど見たことないんだよね」


「いやいや、あるでしょ。今日だって私達」


「じゃあ、柚は天音の友達なの?」


「……友達だよ」


「そっか」

 なんていうんだろうな。天音が特別誰かと一緒にいるというのを見たことがない気がする。


「人との付き合い方は人それぞれか……」


「なんの話してるの? 早くポン探してよ」


「はーい。モコモカフェの新作のために頑張るわ」


「私こんな人に奢らなきゃいけないの……?」

 しばらく呼びかけたりしながら探したが見つからない。これは出直すしかないかな、なんて話しながら角を曲がると天音がいた。


「あ、二人とも。いたよ。ポンさん」

 しゃがみ込んで生垣の奥を見ていた天音が指を指す。見つからないんじゃないかなという不安が出てきた私達にとっては、天音の笑顔は観音菩薩……は言い過ぎか。とにかくとても安心できるものだった。


「ほんと?!」

 柚が走り出したので、私もそれに小走りでついていくと。あと少しで天音と合流するというところで、ポンが前を横切って走っていった。天音が目を離すタイミングを狙っていたのだろうか。颯爽と駆け出す姿にはどこぞの怪盗のような華麗さがあった。


「ポン!」

 ポンを追って、天音と柚が走る。私は、猫においかけっこで勝てるわけがないと早々に諦めて歩いて後を追った。


「ポンさん待って!」

 よく人の家の猫にあんなに必死になれるなぁ。

 角を曲がったと思った二人は今度は猫を先頭に戻ってきた。なんだか、コントみたいで面白い。


「あ、夏月さん! 捕まえて!」

 こっちに向かってくるポンを抱き止めようと屈んだが、ポンは方向転換をして車道に出ようとした。

 交通量が多い場所でもないけど、運悪く車が来ていた。

 ポンを追いかけて、車道に飛び出すわけにもいかない。というか、このままだとポンも危ない。


「こら、逃げるな」

 左腕を電柱にかけて体を回す。そのまま猫のお腹の下に腕を入れて、すくい上げた。


「よーしよし」

 ポンは私の腕の中に収まると、さっきまで逃げ回っていたのが嘘のように大人しくなった。まんまるの目が私を見つめる。可愛い……。


「大丈夫?!」

 天音が走り寄って心配そうに覗き込む。


「うん、大丈夫みたいだよ」

 ポンの脇の下を持って、無事をアピールする。びよーんと伸びる体が可愛い。それに、もふもふで気持ちいい。

 天音は困り顔で微笑んだ。


「ポンさんもそうだけど。夏月さんもだよ。怪我は無いみたいだね、よかった。とてもかっこよかったけど。あんまり危ないことはしないでね。」


「ポン!」

 私が天音に言葉を返すより先に、柚が私の手からポンを奪い取った。もっと感謝させてから渡そうと思ってたのに。


「よかったぁ。ほんとに、このまま帰ってこなかったらどうしようかと思ったよ」

 柚がその場にへたり込んで、ポンの顔に自分の頬を押し付ける。


「ありがと夏月さん。ほんとに」

 柚は目が潤んでいて今にも泣きそうだった。流石にこれは演技ではないだろう。さっきまで、あんなに敵視してきてたのに。


「ほんとに、好きなんだね」


「ポンが赤ちゃんの頃から飼ってるんだもん。当たり前だよ」


「そっか。じゃ、モコモカフェよろしく」

 柚は私を見上げ、一瞬きょとんとすると少し悔しそうな顔をしてから、破顔した。毒気のない笑顔に私も釣られて笑ってしまった。


「よかったね」


「天使くんもありがと。考えてみたら見つけてくれたの天使くんだし。また手伝ってもらってごめんね?」


「ううん、大丈夫。力になれたなら嬉しいよ」


「あのさ」

 私はどうしても聞きたいことができてしまって天音に話しかけた。


「どうしたの?」


「なんで、天音はこんなに一生懸命人助けをするの?」


「え、あぁ〜。うーん。そこに困ってる人がいるから?」

 そんな登山家みたいな。


「所詮他人の猫じゃない?」


「ねぇ、夏月、私、飼い主」

 いまだにへたり込んで、私の足をつねる柚は無視することにした。


「柚さんがポンさんをすごく大事にしているのは知っていたからね。不安な気持ちも想像できるし、助けになりたいって、思うよ」


「そっか」

 足をつねる力が弱まった気がして、下を見ると柚が俯いていた。髪の間から覗いた耳が少し赤い気がするのは見逃しといてあげよう。


「あんまり上手く答えれてないかもだけど。まぁ、そんな感じ。僕は困ってる人の味方なんだよ」

 恥ずかしげもなくそう言える天音はすごい。実際それが嘘じゃないから私もそれを恥ずかしいことだと思わない。


「じゃあ、僕戻るね。夏月さんはどうする?」


「あぁ〜、私は。このままカフェ行っちゃおうかな」


「バイバイ、柚さん。夏月さん。また困ったことがあったら、いつでも呼んでね。僕はみんなの味方だからー」

 天音は手を振りながら走り去るとそう言い残した。忙しい人だ。あと、僕はみんなの味方だからってセリフは、やっぱり少し恥ずかしいかもしれない。


「ほら、良い加減立ちなよ」

 私が差し出した手を掴んで、柚が立ち上がる。


「はぁ、天使くんも一緒にカフェ誘ってよ。気が遣えない」

 天音が去ると、また柚の態度は遠慮のないものになった。


「あんたが自分で誘いなよ」


「うーん。やっぱり天使くんはダメかな」


「え、なんで?」


「だって、さっきも言ってたでしょ。みんなの味方だって、ああいう誰にでも優しい人は結局ダメだよ。うんうん。女の子は特別扱いされたいんだもん。うんうん」


「何一人で納得してるの」


「いや実際さ。あのセリフでまぁまぁな数の人が振られてるんだよね。男女問わず」


「へぇ〜」

 男女問わずか、天音はほんとに人気だな。


「そういうこと」

 少し冷めた調子の口ぶりとは裏腹に、天音の去った方を見つめる柚の視線は熱を帯びていた。


「ところでさ、さっき、また手伝ってもらったって言ってたけど、今回が二回目の相談だったってこと?」


「あぁ、まぁね。相談自体は何度かしてるんだけど。一年の頃、キーホルダー無くしちゃったことがあって。男子をりよ、探すの手伝ってもらったりしてたんだけど。その時に、探し物のプロとして天使くんが連れてこられたんだよね」


「一年の頃からもうそんな感じだったんだ」

 今一瞬男子を利用っていいかけたよね、とは言わないでおいた。


「うん、でも、全然見つからなくて。他の男子も、私もほとんど忘れてたんだけどさ。二週間ぐらい経ってから、天使くんが見つけたのを届けてくれたの。探し物のプロって言うから探すのが上手いのかと思ったのに、全然そんなんじゃなくて。ただ見つかるまで探してくれるから絶対見つけてくれるってだけだったの。面識のない人の落とし物をずっと探すってすごくない? だから私聞いたの、なんで見ず知らずの私のためにここまでしてくれるのかって。そしたら、『君が困ってそうだったから』って。おかしいよね」

 柚は目の前に私がいることなんて忘れたかのように、楽しそうに笑っていた。


「最初は、まんまと私の可愛さに釣られたのかと思ったんだけど、名乗りもせずにお礼をする間も無くどこかに行こうとしたからびっくりしたよね」


「天音って感じだね」


「うん。え、何その生あたたかい目。もしかして私、喋りすぎた?」


「もしかしなくても」

 一拍おいて、私と柚は二人して笑った。

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