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放課後の天使くん  作者: 絲夜しづる
第三章 天使はバスケ部エースと賭けをする

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第九話 その一投は誰のものか

「ねぇ、今伊織と天使くんが勝負してるんだって!」

 天音が公園でバスケの練習をした次の日。

 自動販売機の前でカフェオレか紅茶かで迷っていた私に綾音が突撃してきた。


「あ、もうやってるんだ」


「その感じ何か知ってるの?! 最近伊織見ないと思ったら、天使くんとバスケしてるんだから驚きだよね」

 とにかく来てと腕を引っ張る綾音。


「自分で歩けるから。私も見たいし、どこでやってるの?」


「屋外コート」


「まだアップっぽい」


「始まったばっかり」

 屋外コートに近づいていくにつれて、人の数が増えていく。コートを囲むように数十人の人が来ていた。


「天使くんがんばれー!」


「一条、手加減しろよ~!」

 フェンス越しに、男どもが好き勝手に叫んでいる。

 天使くんファンクラブのみなさんも今日も元気に活動中だ。


 天音は声援に軽く手を挙げて応えると、一条と向き直った。


「天使くんが真剣な顔してるっ」

 あ、ファンクラブの人が倒れた。こんな一挙手一動で倒れてたら、身が持たないでしょ。大丈夫なのかな、この人たち。




「なんか一大イベントみたいになっちゃったね」


「ほんとな。天使くんの人気なめてたわ」

 多分、ファンクラブの掲示板に何か情報が流れたんだろう。有名人も大変だ。


 こうなると、少し緊張感のようなものが漂ってくる。天使くんはいつも通り優しげな表情をしていた。


「緊張して負けた、とかはなしだぜ」


「うん、そんなに緊張はしてない」

 

 先攻は俺。


「僕が勝ったら、一条くんはバスケ部に戻って、瀬尾くんに謝る」


「俺が勝ったら天使くんはバスケ部に入部する」


「うん、始めよう」

 天使くんがボールを返す。これがスタートの合図。


 最初から四点ハンデがあるから、三本決めて、天使くんに一本も決めさせなければいい。割と、難しい条件だけど、妥当っちゃ妥当なライン。


 切り込んで狙う。

 外せるのは二回。無茶はしたくないな。


 天使くんはちゃんと練習してきたらしい。少しはディフェンスが良くなってる。


 教えたのは和真だな。ちゃんと対策してきてる。

 俺の得意な方向には行かせないという意思を感じる。


 天使くんの顔から微笑みが消えていた。真剣だ。少し嬉しい。


「それじゃあ、止めれないぜ」

 重心移動でフェイントをかける。一瞬体が反応してしまった天使くんはもう追いつけない。

 そのままレイアップを決めた。

 外野から歓声が上がった。あの大会を少し思い出す。


「一条いいぞ~! スリーも撃て~!」

 ちっ、好き勝手言いやがって。


「楽しいね」

 天使くんが呼吸を整えて笑った。

 その目が、気にしなくていいと言っている気がした。


「そうだな」

 あぁ、本当に楽しい。

 バスケ部に行かない日々は、憂鬱だった。重圧から解放されるのと一緒に、魂まで持っていかれたように虚しかった。


 戦ってくれる相手がいるのが嬉しい。


 今度は天使くんの番だ。

 天使くんがドリブルで切り込む。昨日はなかったフェイントをかけてきた。

 でも、全然バレバレ。それに、種類として知ってるから素人の大きな予備動作なら簡単に見抜ける。

 天使くんは攻めあぐねて、すぐに膠着状態になった。


「一条くんはさ、なんで高校でバスケ部に入ったの?」


「なんとなく。バスケ好きだし、ずっとやってたからそのまま」


「瀬尾くんとは、中学から同じ部なんだってね」

 話しながら時々フェイントをかけてくる。なかなか天使くんらしからぬ意地悪な戦法だが、それが作戦ならガッカリもいいところだ。

 その作戦は和真と何度もし合ったから今更引っかからない。


 無理やり撃とうとした天使くんのシュートを防いで攻守交代した。


 なんだか懐かしい感じだった。和真と一緒に公園で遊んでいた時みたいな。昔は、いや、今だって俺の方が上手いが、それよりもっと差があって。ボコボコにしてやったのに、いつの間にか身長を抜かされて。絶対に負けたくなくて、スリーポイントを磨いた。


 天使くんを応援する声、拍手、歓声。何がそんなに面白いのか。観客は増えるばっかりだ。和真や海斗も来ている。最近天使部に入ったとかいう夏月と、女バスの綾音もいた。正直、少し手を抜いたって勝てるぐらいだが、真剣な天使くんに俺も少し熱くなっていた。


「負けちゃうぜ、このままじゃ」


「そうだね、困ったな」

 四回めの天使くんのオフェンス。現在、六対四。俺は一度だけゴールを外して、全てのゴールを防いでいた。形勢はいつの間にか逆転している。


 ふーっと天使くんが深く息をついた。ドリブル、からの。スリーの体勢。

 まさか練習したのか? 入る確率は高くない。そう思ってもつい手を上に伸ばす。


 その隙を抜かれた。深い。半ば勝ちを確信していた俺は驚いた。ここで新技、いや、そんなに変なことでもないか。油断した。俺がよく引っ掛かっちまうやつだった。完成度もさっきのより高い。騙された。

 

 天使くんはこれを練習してきたんだ。

 天使くんが放ったシュートはバックボードに当たってゴールに入った。


「やられた。それをずっと練習してたんだ」


「うん。そう。これなら騙せるって瀬尾くんがね」

 天使くんが汗を拭って笑う。

 負けられない。外したら、勝ちがなくなる。こんなことでもちょっと緊張するのは、まだ部活に戻る決心がついてないからか。


 かなり本気を出して、まだ見せてない技も見せてからレイアップで決めた。

 天使くんがボールを拾って、俺も真ん中に戻る。最後の守りだ。


「ほんとはさ。嫌だったんだよ、スリーが撃てなくなったの和真に知られるのが。あいつ、上手くなってチームもまとめるようになって、だから負けたくなかった」

 不思議と落ち着いていて、この試合が終わる前に、天使くんに言っておきたかった。


「そっか」


「ダッセェよなぁ。先輩を勝たせたかったとか、責任を感じてるようなこととか色々言ってみたけど結局自分のことなんだよ」


「ダサくないよ。そうやって自分のことを見つめれて。それにそういう先輩への思いも嘘じゃないと思う」


「ははっ、ありがと」

 八対六。

 天使くんにボールを渡す。でも、受け取ったボールを天使くんはなかなかつきださなかった。


「エースとして感じてた重圧とか、友達に負けたくないっていうプライドとか。苦しく思うこともあるかもだけど、僕は本気で取り組んで得られるそういう苦楽はとても素晴らしいものだと思う。前回相談された時から僕は一条くんのこと尊敬してるよ」


「そっか、ありがと。俺、勝っても部活には戻るよ。イップスのことも監督に相談する。みんなには迷惑かけちゃって申し訳ないけど、ちゃんと頭を下げるわ」


「そっか。よかった。じゃあ、僕がバスケ部に入るかどうかの試合になっちゃったわけだね」


「そうだな」


「僕が勝つにはスリーポイントを決めなくちゃならない。でも、残念ながら練習してないんだよね」

 天使くんが苦笑気味にそういった。まだ勝つつもりなのか。俺が戻る気になった時点で、正直賭けは成り立ってない。もう良いんだけど。


「ふふふ、約束は約束だよ」

 それを見透かしたかのように天使くんはそう言った。

 天使くんが突然ボールを投げてきた。咄嗟にそれを受け取る。


「何? どうした?」


「それはね、パスだよ。僕からのパス。僕じゃ勝てそうにないから助けて、一条くん」


「え」

 俺は呆気にとられていた。


「バスケはチームスポーツでしょ?」

 天使くんが首を少し傾けながら微笑む。


 言ってる意味を遅れて理解して、笑いが込み上げてきた。

「あはは、勝つよってこういうこと?」


「まぁ、情けないけど。そうだね」


「そっか……」

 敵からのパスって。流石に、初めてだ。

 俺は慣れ親しんだボールの感触を確かめるように何度かついて。俺が一番得意とする角度に立った。

 落ち着いている。みんなの視線を背中に感じる。でも、それが心地いい。

 期待というより信頼。


「うてるよ。一条くん。それに決まるよ」

 天使くんがそう声をかけた。


「どういうこと? 天使くんの番じゃないの?」

 外野からは困惑の声が上がっている。


 イップスは心の問題だが、気持ちの問題じゃない。ちょっと気合を入れたら撃てるとかそういう話じゃない。でも、奇跡ぐらいなら起こるんじゃないかなと思った。なんてたってこれは天使のパスだ。


 必要以上に時間をかけることもない。何回撃ってきたと思ってる。

 構えて一拍置いてゴールだけに集中する。変に意識することもなく体は自然に動いた。

 手から離れたボールを見送る。綺麗な放物線だ。ボールはまっすぐゴールへ飛んでいき。その中へ吸われていった。

 大きく息を吐いて、大きく吸った。

 そして、叫んだ。


「よっしゃああああああああああああ!」

 外野からしたら訳がわからないだろう。実際周りは困惑していたようだったが、気にならなかった。

 あの試合も、こうやって雄叫びをあげたかった。いや、過去は嘆いたって仕方ない。次を見ろ。


「よかったね、一条くん」


「ありがと。はぁ、これで天使くんの勝ち。俺は部活に戻って、和真に謝る」


「あはは、なんか改まるとちょっとずるい気がするけど」


「いやいや、ほんとにありがと。頑張るわ」

 天使くんが差し出した手を、俺は強く握り返した。


 終わりの雰囲気を感じ取って外野がちらほらと帰っていく。和真と夏月がこっちに来ていた。


「フリーのただのスリーで何そんな喜んでんだよ」


「あぁ、和真。この前、ごめん、八つ当たりした。あと、バスケ部もサボってすまん、すぐに戻る。俺たちの代で全国行こう」


「ちょちょ、いきなりすぎて訳わかんない。お前が勝ったんじゃないの?」


「いや、最後のスリーは天使くんのポイント」


「え? どういうことだよ」


「まぁいいから。詳しくはあとで話すよ。俺、バスケしたいわ。それに監督にサボったこと謝らないと。早く行こうぜ」


「えぇ、あ、天使くん。なんかよく分かんないけど。ありがとね」


「どういたしまして、また何かあったら相談してね」

 俺も天使くんに手を振って、部室へ急いだ。




「お疲れ、天音」


「結構バスケ上手いね。天使くん! ボコボコにされてたけど相手が悪かったよ。初心者ならボコせてた。うん」


「あはは、ありがとう。石橋さん」

 一条と瀬尾は何か話しながらどこかへ行って、天音の周りは私と綾音だけになった。


「思った通りにコトは進んだ?」


「いやいや、全然? 予想はできてないし、結末を操る力なんて僕にはないよ。だから、なんとなく一条くんのことを信じてた」


「うーん、よく分かんないけど。さすが天使くん!」


「ありがと。よし、着替えて部活に戻ろっかなぁ」


「え、今日も部活するの?」

 天使くんの言葉に驚く。


「うん、するつもりだったよ」


「一件落着みたいな感じかと思ってた。疲れてるでしょ、天音」


「でも、ほら昨日もできなかったからさ」

 えぇ〜、流石趣味が人助け。


「夏月さんは? どうする?」


「水くさいこと言わないで、私も残る。てか聞きたいことあるし」


「え、咲。私と帰る約束は?」


「まだ約束してないでしょ、明日は待ってるから」


「しょうがないなぁ。じゃあ、あとは若いお二人でどうぞ楽しんで」

 そう言ってから綾音は、帰る人並みの中に友達を見つけて楽しそうに喋りながら帰っていった。


「綾音、ちゃんと意味わかってるのかな」


「あはは、言ってみたかったんだろうね」


「はぁ。それじゃあ、私、先行って部室開けてる」


「ありがと、すぐに行くね」

 走りさる天音を少しの間見つめる。

 天音を少しかっこいいと思ってしまったのは、きっと隣にファンクラブの奴がいたせいだ。

 

 頭をふって、考えを飛ばす。

 踵を返して、そのまま部室へ向かった。


 そして、鍵を持っていなかったことを思い出し、職員室前で天音とばったり会った、というのはダサいから秘密にしよう。


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