第2章(8)外の光
### 妻視点/呼吸
屋敷の中で、
この部屋だけ時間が止まっている。
——そのはずだった。
「……お嬢様」
声が、床すれすれの高さからした。
次の瞬間、猫のように細い影が滑り込んできた。
「小猫……?」
「しーっ」
小猫は唇に指を当て、
音もなく背後を確かめる。
そして、息を殺したまま囁いた。
「李家から連絡がありました」
心臓が、はねた。
「直接じゃありません。
でも——確実に」
小猫は、懐から小さなものを取り出す。
スマートフォン。
「伝言は、これだけ」
小猫は、正確に言葉をなぞる。
「――昊天さまは無事。
10時に、テレビを見よ」
それだけだった。
慰めも、説明も、ない。
でも——
それで十分だった。
私は、震える手でスマホを受け取る。
画面が灯る。
久しぶりに見る、“外の世界の光”。
経済ニュースの速報が、流れていた。
《龍騰グループ・李昊天総裁
本日10時より、緊急記者会見》
小猫が、小さく息を呑む。
「……来ます」
時計を見る。
9時58分。
画面が切り替わる。
無機質な会見場。
フラッシュ。
ざわめき。
そして——
見慣れた面差し。
背筋を伸ばし、
感情を切り落とした顔で立つ、夫。
生きている。
少しやつれていたが、顔を上げ、カメラ越しにこちらをまっすぐに見つめている。
私は、この家で初めて息をした。




