第2章(7)市場が息を呑む朝
### 5. 開示前――何も言わない総裁
朝八時半。
上海証券取引所が動き出す直前。
龍騰グループのIRフロアは、異様な静けさに包まれていた。
「総裁、メディアからの問い合わせが——」
「全部、同じ回答でいい」
昊天は、資料から目を上げない。
「現時点で追加の開示事項はありません」
それ以上でも、それ以下でもない。
——だが、市場は知っている。
何も言わない時の李昊天が、一番危険だということを。
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### 6. 数字が語り始める
寄り付き。
龍騰株は、
売り気配で始まると思われていた。
だが——
「……買いが、厚い?」
ディーラーの声が上ずる。
前日まで売りに回っていた外資系ファンドが、
ポジションを畳み始めている。
「ショートの巻き戻しだ」
「噂、回ってます。
“背後に、動かせない資金がいる”って」
昊天は、スクリーンを見つめたまま動かない。
——まだだ。
これは序章にすぎない。
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### 7. 叔父たちの朝
一方、李家の旧邸。
「……どういうことだ」
叔父の一人が、新聞を叩きつける。
「株価が、下がらない」
「海外ファンドが——」
「買いを、止めました」
報告役の声が震えている。
「一社は、完全撤退。
もう一社も、契約条項の“再精査”を要求してきています」
「ふざけるな!」
——だが、誰も“李昊天の名前”を口にしない。
言った瞬間、
すべての背後に、彼がいると認めることになるからだ。
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### 8. 菲菲――最後の確認
同時刻。
「総裁」
菲菲が、静かに端末を差し出す。
「当局側。
“自主的な資料提出”として受理されました」
「担当は?」
「……中央です」
昊天は、短く息を吐いた。
地方ではない。
逃げ道は、もうない。
「叔父派の名義口座、
取引制限が始まっています」
「予定通りだ」
昊天は、時計を見る。
九時三十分。
——開示まで、あと三十分。
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### 9. 総裁の決断
「記者会見の原稿、最終版です」
菲菲が差し出した文面に、
昊天は一度もペンを入れなかった。
「このままでいい」
「……感情を、出しませんか?」
一瞬だけ、昊天は考えた。
「私情は、不要だ」
視線を上げ、静かに言う。
「これは、家族の問題ではない。
企業統治と、法の話だ」
菲菲は、深く頷いた。
——李昊天が、
情を切った瞬間だった。
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### 10. 鐘が鳴る
九時五十八分。
会見場の扉の向こうで、
フラッシュの音が波のように重なる。
昊天は、ネクタイを正し、立ち上がった。
「行こう」
この一歩は、
市場を救うためではない。
一族の恩讐を表に出すための一歩だ。




