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名と役割のはざまで~覇道総裁中華財閥ロマンス~  作者: Furi0804
第2章 株価防衛戦

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第2章(5)それぞれの地獄

### 妻視点/実家


カーテン越しの光が、やけに白かった。

時刻はまだ昼だというのに、部屋の空気は夜のように重い。


この部屋に入ってから、どれくらい経っただろう。

ここから出られないことだけは、はっきりしていた。


そのとき、足音に続いて扉が開いた。


「……まだ理解していないようね」


入ってきたのは、長姉だった。


実家の実権を握る総領娘。

親の決めた相手と結婚し、家名を守り、

父母からも使用人からも、

当然のように一段高い位置に立つ女。


「あなたの夫、李昊天。

 ――無策よ」


挨拶も、前置きもない。


「市場は疑心暗鬼。

 銀行は距離を取り始め、

 役員は保身に走っている」


淡々と、

だが“断罪”する声。


「危機に際して何もしない?

それを“胆力”だと思っているなら、

経営を知らなすぎる」


妻は、黙って聞いていた。


怒りより先に、

胸の奥で、ひどく冷たいものが沈んでいく。


――まただ。

昊天を、

“わかったつもり”で裁く視線。


「血筋を気にし、情に縛られ、

決断の速度を失う」

「同族企業にありがちな失敗よ」


長姉は一歩、距離を詰めた。


「あなたも同罪」

「“名門の女”という立場を理解していない」


その瞬間まで、

妻は、言葉を選ぼうとしていた。


だが――

ふと、胸の奥で何かが切れた。


「……姉さん」


自分でも驚くほど、

声は静かだった。


「昊天が“無策”だと、

 どうして言い切れるの?」


長姉の眉が、わずかに動く。


「何もしない、という判断を、

 “逃げ”だと決めつけているだけじゃない?」


「――何を」


「父が亡くなった十五のときから、

 彼は“次は自分だ”と言われ続けてきた」


言葉が、止まらない。


「担ぎ上げられ、

 周囲の期待も、恐怖も、

 全部ひとりで受けてきた」


「“今すぐ切れ”

 “見せしめに叩け”

 そんな声に、

 従うほうが簡単だったはずなのに」


長姉は、冷ややかに言った。


「結果がすべてよ」


妻は、顔を上げた。


「ええ。だからこそ」


はっきりと。


「“まだ結果が出ていない”段階で、

無策だと断じるのは、

あなたたちの“保身”でしょう」


空気が凍る。


「……何ですって?」


「負けそうな男を、

先に切り捨てて、

“正しかった”と言いたいだけ」


「それは――」


「違わない」


妻は、初めて真正面から長姉を見据えた。


「昊天は、誰にも媚びていない」


「だから、あなたたちには不安なのよ」


沈黙。


長姉の目に、

怒りと――

わずかな苛立ちが混じる。


「……愛だの信頼だの、寝言を言う立場じゃない」


その言葉と同時に、

乾いた音が響いた。


「――あなたは、何も背負わずに生きてきたくせに」


声が、低くなる。


「三女だから。

期待も、責任も、

失敗の後始末も――

全部、私たちが引き受けてきた」


思わず、息をのんだ。


それは、

理屈でも、家訓でもない。


長姉自身の、

積もりきった感情だった。


「私は、

“家の顔”として、長女として、

笑顔ひとつにも意味を持たせて生きてきた」


「間違えれば、家そのものが揺らぐ立場で」


一歩、また近づく。


「それなのにあなたはどう?」


「好きだの、信じるだの、

そんな言葉を使える場所に、

ずっと、いられた」


――違う。

そう言いかけて、飲み込んだ。


否定すればするほど、

この人の怒りは、

もっと深くなるとわかっていたから。


「あなたはね」


長姉の目が、鋭く光る。


「“選ばれなかった側”なのよ」


「だからこそ、今さら“覚悟”の真似事をされるのが、

我慢ならない」


沈黙。


「……そうかもしれない」


長姉の目が、わずかに見開かれる。


「私は、姉さんほどのものを、

背負ってこなかった」


「でも」


視線を逸らさず、続ける。


「だからこそ、“選ぶ”ことだけは、

逃げずにやった」


「昊天を選んだのは、

誰かに決められたからじゃない」


「怖さも、

不安も、

全部わかった上で――

それでも、

彼の隣に立つと決めた」


長姉の表情が、硬直する。


「……愚かね」


吐き捨てるように。


「その“覚悟”がどれだけ脆いか、

思い知ることになる」


頬が、熱を持つ。


「……それでも」


かすれた声で、

しかし確かに。


「私は、“無策な男”の妻ではありません」


長姉は、しばらく何も言わなかった。


そして、背を向ける。


「頭を冷やしなさい。

 ――妹として」



静寂。



(私が選んだのは、

 “正しさ”じゃない)


(あの人の、

 沈黙ごと、引き受けること)


それだけは、

もう、揺らがなかった。

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