第2章(4)王の試練
取締役会は、異様なほど淡々としていた。
昊天が資料に目を通しているあいだ、
役員たちは誰一人として、
言葉を口にしなかった。
それが、不自然なほどの沈黙であることに
昊天は気づいていた。
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「――以上だ」
昊天が短く告げる。
通常なら、ここで誰かが言う。
「海外ファンドの動きは?」
「株価への追加の影響は?」
「防衛策は検討しないのか?」
だが、今日は違った。
財務担当が口を開く。
「総裁の方針通り、当四半期は主力事業に集中します。
市場向けの追加コメントは不要かと」
法務担当も続く。
「現時点で、
法的に即応すべき案件は発生していません」
海外事業担当は、
書類から視線すら上げない。
> 正しい。
> すべて、正しい判断だ。
だからこそ、
昊天は確信した。
――これは「放置」だ。
彼らは、何も誤っていない。
だが、「何もしていない」
それは偶然ではない。
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会議は予定より早く終わった。
役員たちは順に立ち上がり、
いつも通りの礼をして退室していく。
誰も振り返らない。
その背中を見送りながら、
昊天は思う。
(……試されているな)
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役員の多くは、父の代から龍騰がリーディングカンパニーへと上り詰めるのを支えてきた。
海外から上海に戻った20代の昊天を担ぎ、30歳で「玉座」へと押し上げたのは彼らだ。
彼らの結論は一致している。
* 総裁はまだ若い
* 決断は冷静だが、情を切り捨てきれない
* 李家という「家」を、なお重く見ている
昨年、昊天の不在時に、叔父派が仕掛けてきた時。
役員たちは叔父派を徹底的に叩くべきだと進言した。
しかし、取締役会など経営中枢から排除しただけで、彼らの持ち株や一族の財産については不問とした。
それは、李家のあるじとしての、判断だった。
だからこそ。
ここで彼が、 どう動くかを見極める。
自ら血を流すか
誰かを切り捨てるか
それとも、
本当に“何もしない”のか
その結果次第で、
彼に賭けるか、
保身に徹するかを決める。
卑怯だが、
合理的だった。
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執務室に戻った昊天は、
窓の外の摩天楼を見下ろす。
株価は、まだ持ちこたえている。
市場は、静かだ。
(父なら……)
父なら、
この段階で一族を、一人切った。
それが市場へのメッセージになり、
役員も銀行団も、
迷わずついてきただろう。
だが――
(俺は、それを選ばなかった)
叔父派を完全に叩けと言われたときも。
「家」を理由に、
財産には手を付けなかった。
その判断が、
今、刃となって戻ってきている。
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昊天は暗号化された回線で、
ただ一人にだけ指示を出す。
――香港。
――昊明。
役員たちが見たいのは、
“総裁が家の論理を断ち切れるかどうか”だ。
だが昊天は、
彼らの期待を裏切る。
(切らない。
――まず、根を調べる)
その判断が、
覇道か、
甘さか。
答えが出るのは、
もう少し先だ。




