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名と役割のはざまで~覇道総裁中華財閥ロマンス~  作者: Furi0804
第1章 出会い

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第1章(20)妻の実家

春節2日目は妻の実家を訪れる日。


「お嬢様!」


門をくぐった瞬間、

はずんだ声が出迎えた。


「……小猫」


お仕着せを身に着けた小柄な若い女が駆け寄ってきた。


妻はその手を取り、背を抱いた。


「ただいま」


聞いたことのない、無防備な声。

昊天の胸がチリリと疼く。


だが。


「小猫。なんです、みっともない。」


玄関の奥から、冷えた声。


妻の母だった。

声量は低く、抑揚もない。

命令というより、「当然の処理」という調子。

小猫と呼ばれた女は一礼して下がった。


その一連の動きが、

あまりに滑らかで、

繰り返されてきた光景だとわかる。


妻は無表情で、何事もなかったように背筋を伸ばす。


昊天の胸に、わずかな違和感が残った。


(……今のは、なんだ)


---


応接間。


古めかしくも完璧に整えられた空間。

温度も、香りも、距離感も。


父は、昊天と並んだ娘を見る。

——いや、値札を見るような目だった。


「李総裁。相変わらずお忙しいようで」


「まずまずです」


「お身内の混乱も、収束したと」


「はい」


「今をときめく龍騰グループと縁続きになれて、わが家も鼻が高い」


父は如才なく持ち上げるが、内心では実業家の李家を「成り上がり」と見下しているのだ。


「今年の祝宴はことさら華やかだったと聞きましたよ」


母の声。


「娘は、お役に立てましたかしら」


探りを入れるような響き。


“期待値を下回らなかったか”

それだけ。


「お飾りの妻」「マンション暮らしの妾扱い」という口さがない噂は、

上流階級の社交の場を通じて、実家まで届いたようだ。


昊天は静かに頷く。


「李家の妻として、立派に務めを果たしてくれました」


昊天の声にわずかな力がこもる。


「彼女は“役に立った”のではない。

采配したのは、彼女自身だ」


母が、ほんのわずかに眉を動かす。


「まあ、それほどお褒めいただいて、親として鼻が高いですわ」


娘は本宅に入れてもらえない、お飾りの妻なのではなかったか。

探るような目。


昊天は、淡々と返す。


「内情を掌握する力がなければ、評価などできません」


父は沈黙する。

計算が走る沈黙だ。


——娘をどう扱えば、最適か。


「ははは、ならば来年の春節はぜひ、孫の顔を見たいものですな」


父はわざと明るい調子で口を挟んだ。


続いてダイニングルームに案内され、午餐をとる。

その間、妻は一言も挟まない。

挟む余地がないことを、幼い頃から知っている顔だった。


昊天は、そこで初めて理解する。


(……ここでも、愛されるかどうかは、常に条件付きなのだな)


妻は三姉妹の末娘。一人息子の昊天とは違う息苦しさがあるのだろう。


期待されない、何者にもならなくていい、でも失敗は許されない立場。


玄関先で駆けよってきた小猫と、父と母の態度。

あまりにも、落差が大きい。


---


帰りの車中。


妻は、窓の外を見たまま言う。


「わが家は、冷えましたでしょう。古い家ですから」


妻は微笑んだ。


諦めのような、哀しみのような。

理解して受け入れてしまった人間の笑みだった。


昊天は、その手を取る。


「……それでもおまえは、あの家を否定しない」


「否定したら、私がここまで生きてきた時間まで、全部否定することになるから」


妻は急に力のこもった声で、


「私、これからもっと御屋敷に顔を出しますね。

梅さんや皆さんにいろいろ教えていただかなきゃ」


その瞬間、

昊天の中で何かが、はっきりと形を持つ。


(守っているつもりでいたが——)


(彼女は、

 自分自身を守り抜いて、

 ひとりで立つのだ)


覇道の男は、

その強さに、初めて頭を垂れた。



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