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第1章(19)春節の朝
### 菲菲視点/独白
―― 門が開く音を、私は一歩遅れて聞いた。
爆竹の残り香。
朝餉の湯気。
使用人たちの声が、きちんと整えられた順で流れてくる。
例年と同じはずなのに、屋敷の呼吸が違う。
中心が――静かに、定まっている。
屋敷のあるじは、使用人たちから新年の挨拶を受けていた。
その横で、にこやかに紅包を渡すのは、赤い旗袍の夫人。
人の視線が、自然に彼女へ向かう。
今までのような重苦しい空気はない。 それだけで、十分だった。
私は秘書だ。 龍騰グループの側に立ち、儀礼の内側には踏み込まない。
新年の挨拶として、あるじに必要な言葉だけを差し出す。
それが私の仕事で、それ以上でも以下でもない。 ――そう、ずっと信じてきた。
彼女の地位が上がることは、昊天さまが救われること。
その向きに、心があると、わかってしまった。
恋は、音もなく終わる。 春節の朝に、整然と。
私は背を正し、いつもの場所に立つ。
あるじは、もう迷っていない。 そして私も――迷わない。




