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名と役割のはざまで~覇道総裁中華財閥ロマンス~  作者: Furi0804
第1章 出会い

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第1章(17) 除夕の晩/李家屋敷

1日前―――李家屋敷の除夕は、張り詰めていた。


除夕。春節のおおみそか。

一年で最も大切な夜。

屋敷の空気は、祝祭のために整えられながらも、どこか硬い。


妻は、昊天の隣に静かに立っていた。

使用人たちの視線が集まる。


——そのとき。


「兄さーーーん!!!!!」


場違いなほど明るい声が、正門の方から突き抜けてきた。


次の瞬間。


「紅包! 紅包ホンパオもらいにきたよーー!!」

「おじさまー! 紅包掌来(お年玉ちょうだい)ーーー!」


——襲来だった。


廊下を駆け抜けてくる足音。

三つ、いや四つ?

子供たちが、靴音も構わず突撃してくる。


「昊明様……!?」

「お、お待ちください——」


先頭を切って現れたのは、にこにこと笑う男。

昊天の従弟、昊明。


「いやー、今年は奥さんもいるって聞いたからさ!実家に行く前にお年玉もらいにきた!」


その背後から、子供たちが雪崩れ込む。


赤い提灯。

金の装飾。

子供たちは目を輝かせて、遠慮なく屋敷を占拠した。


昊天は、深く息を吐く。


「……またか」

「えへへ。今年もだよ?」


昊明の妻・水蘭が、苦笑しながら頭を下げる。


「ごめんね昊天、子供たちがどうしても来るって……」


「おじさまー!」

一番小さな子が、昊天の脚にしがみつく。

「紅包はー?」


——それを合図に、他の子供たちも一斉に集まった。


昊天は、無言で懐に手を入れる。

毎年のことだ。

李家の家長として用意している。


「……順番に来い」


一人ずつ、赤い封筒を渡す。

子供たちは歓声をあげる。


「わー!」

「今年も分厚い!」

「おじさま太っ腹!」


屋敷の空気が、目に見えて緩んだ。


——そして。


子供の一人が、妻を見上げた。


「おじさまのおよめさん」


妻は一瞬、戸惑い、それから微笑んだ。


「そうよ。バーベキューのときより少し大きくなったかしら」


その声は、柔らかく、自然だった。


子供たちは躊躇なく妻の周りに集まる。

袖を引き、手を握り、無邪気に話しかける。


「ねえねえ、おやつ一緒にたべる?」

「このおうち、広すぎてこわくない?」


——その様子を、使用人たちは息を詰めて見ていた。


昊天は、その光景から目を離せなかった。


(……ああ)


この屋敷で、

誰よりも早く彼女を“受け入れた”のは、

肩書きでも血筋でもなく——子供たちだった。


昊明が、にやりと笑う。


「兄さん。毎年除夕は菲菲も休暇だしひとりで休めるからいいって言ってたけど。

 今年はさ、ちゃんと“家族の除夕”じゃん」


昊天は、短く返す。


「……うるさい」


だが、視線は妻と子供たちから外れない。


妻が、子供の頭を撫でながら言う。


「お夕飯、用意してありますよ。

 一緒に食べましょう」


その一言で、すべてが決まった。


「やったー!」

「ここでたべるー!」


使用人たちの表情が変わる。

緊張が、ほどける。


昊天は、静かに理解した。


(……制圧されたな)


覇道の男は、

騒がしい笑い声の中で、

初めて「除夕」の意味を知った。


---


昊明一家が嵐のように去っていったあとは、

屋敷が嘘のように静まり返った。


さきほどまで廊下を駆け回っていた足音も、

笑い声も、

すべてが遠い出来事のようだった。


ダイニングルームには、二人分の料理だけが並んでいる。

除夕にふさわしくどれも手の込んだものだが、主張しすぎない。


昊天は、向かいに座る妻を一度だけ見た。


妻は、周囲を見渡すように視線を巡らせてから、

ふっと微笑んだ。


「……素敵な御屋敷ですね」


その声は、社交辞令ではなかった。

ただ、見たままを口にしただけ。


昊天の手が、箸の上で止まる。


素敵。

その言葉が、耳の奥に残った。


彼は、ゆっくりと顔を上げた。


「……そうか」


それだけ言って、再び視線を落とす。

だが、胸の内はざわついていた。


この屋敷は、

彼にとっては——監獄だった。


声を潜め、感情を殺し、

正しくあることだけを求められた場所。


壁は高く、天井は遠く、

逃げ場はなかった。


それが。


「こんなに広くて、静かで……なんだか守られている感じがします」


妻は、箸を置き、穏やかに続ける。


「長い時間をかけて、大切にされてきた家なんだなって」


昊天は、思わず目を見開いた。


守られている。

大切にされてきた。


——そんな言葉を、

この屋敷に向けたことはただの一度もなかった。


「……俺には」


低く、短い声。


言葉が続きかけて、止まる。


妻は、急かさなかった。

視線も向けない。

ただ、静かに料理を口に運ぶ。


昊天は、数秒、沈黙したあと、

ぽつりと零した。


「俺には……監獄だった」


妻の手が、一瞬だけ止まる。


だが、驚いた様子は見せなかった。


「そうなんですね」


それだけ言って、

彼の皿にそっと料理を取り分ける。


否定もしない。

慰めもしない。


昊天は、その仕草を見つめながら、

奇妙な感覚を覚えていた。


同じ場所を、

同じ夜に、

まったく違う意味で見ている。


——それでも、今は同じ食卓に座っている。


窓の外で、遠く爆竹の音が鳴った。


昊天は、箸を持ち直し、

初めてその料理を口に運んだ。


不思議なことに、

味が、わかった。


除夕の夜は、

静かに、確かに、年をまたごうとしていた。



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