第1章(15)バレンタインの贈り物
朝の光が、まだ柔らかく差し込むリビング。
コンシェルジュが来訪者を告げる。メイドが来るにはまだ早い。
彼女はスマホを置き、いぶかしく思いながら扉の前へ向かう。
セキュリティシステムに映るのは、スクリーンを覆うほどの赤い薔薇の花束。一瞬、目を疑う。
すると花束の陰から、外商の劉さんがひょっこり顔を出した。
「李総裁より、奥様へバレンタインデーの贈り物です」
心臓が跳ねる。
「……昊天さん……」
彼は海外、シンガポールにいるはずなのに。
劉さんを招き入れると、くすくす笑いながら「深紅の薔薇を、というご注文だったので、私の一存で当店でいちばん大きな品にしてしまいました。サイズのご指定はありませんでしたけど、こういうものはお気持ちの表れですからね」
有能なベテラン外商は、先日わざわざ妻の衣装選びに付き添った覇道総裁の心のうちを完全に読み取ったのだろう。
朝の光に、深紅の花びらが輝いて、部屋を一気に華やかにした。
柔らかく香るバラに包まれながら、彼女は小さく息をつく。
心の奥底で、無言の優しさと、見守られているという確かな実感が、静かに広がる。
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シンガポールの南国の朝の光が窓から差し込む会議室で、手元の端末が振動した。
「ご注文の品、お届け完了しました」——外商の劉からの短いメッセージとともに、自宅のリビングで大きな薔薇の花束を前にした妻の写真が添えられている。
画面を見た瞬間、昊天は思わず口に含んだコーヒーをむせかけた。
「……なぜこんなばかでかい花束にした……」
すぐに返信が届く。「こういうものは、お気持ちの表れと申します。総裁のお気持ちを奥方さまにお伝えすべく、当店で一番の品をと吟味させていただきました」
——その一言で、昊天の顔は赤く染まり、慌ててコーヒーを口から飲み込む。
手元で端末を握りしめながら、胸の奥で小さく安堵している自分に気づく。
(まあ、いい。……喜んでくれてるのであれば)
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リビングの明かりは柔らかく、深紅の薔薇が部屋を濃密に染めている。
シンガポールから帰国した昊天は、ソファに座る妻の横に腰を下ろす。自然に手を伸ばし、指先が花びらに触れる瞬間、薔薇の香りと彼女の温もりが混ざる。
「……触れるだけで、危ないな」
低く、少し息を混ぜた声。
その声に、妻の頬が熱を帯びるのが分かる。
唇を重ねる。初めは軽く触れるだけのキスなのに、息が絡み合い、静かに熱が増す。
昊天の腕が自然に腰を回し、身体を引き寄せる。
部屋を染める赤い花が、二人の距離を近づける。
指先で花びらをなぞりながら、互いの体温を確かめ合う——触れるたび、少しずつ。
唇から首筋、肩越しに伝わる熱。
昊天の息遣いに合わせて、妻の体も小さく反応する。
深紅の薔薇を背に、二人だけの世界が静かに、しかし確実に燃え上がる。
「……離せなくなる」
囁く声に、妻は小さく頷き、身を預ける。
手と唇、体と体が重なり合うたび、赤い花びらと互いの熱が混ざり合い、リビングは二人だけの甘く濃密な空間に変わった。




