第1章(9)休暇
「どこか行きたいところはあるか」
突然の問いに、妻はしばらく固まった。
昊天は手にしていた本に視線を落としたまま、
「いや、少し時間ができそうだから、休暇でもとろうかと思ったのだが」
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プライベートジェットの機体が、闇の中に静かに浮かび上がる。
「菲菲、この旅の間は仕事の電話など一切取り次がないように。差配はおまえに任せる」
(本当に……行かれるんですね、総裁)
声にはできない心の揺れを、菲菲は胸の奥に押し込めた。
昊天は結婚しないのではないか──そう、誰もが思っていた。
昊天の好み、体調、スケジュール、すべて把握しているのは影として従う自分。
だからといって、菲菲は自分が隣に立てるなど、一度だって望んだことはない。
身分が違う。立場も違う。
自分は影だ。総裁を守るために生きているだけ。
それで充分だった。
充分のはずだった。
だが、奥様が来た日から、すべてが変わった。
昊天の目が。
言葉が。
一瞬の沈黙が。
それらすべてが、奥様の方向へわずかに傾いていく。
菲菲はプロだ。
だからこそ、誰より早く気づいてしまう。
(総裁が……あの方を見る目が変わってきている)
ふたりはタラップを上り、機内へと消えた。
(……総裁。心が緩んでいます)




