第1章番外 契約結婚の葛藤
(承前)代理人からメールが届いた。
『件名:結婚式ドレス試着写真』
添付ファイルは一枚だけ。
クリックして、画面に映った白いドレス姿の女性を見た。
オフショルダーの袖が肩から優しく落ち、繊細なレースが光を捉えている。
世間が期待する「李昊天の妻」にふさわしい、洗練された選択。
画面を数秒見つめた。
……美しい。
それだけは、認めた。
胸の奥で、何かがわずかに動いた。
一瞬だけ。
すぐに押し殺した。
(……これは契約だ。感情を入れる必要はない。)
彼女の表情は穏やかで、微笑んでいるように見える。
でも、その瞳の奥に、ほんの小さな影がある。
俺が原因だ。
お見合いの日も、契約の場でも、彼女をまともに見なかった。
視線を窓の外に固定し、言葉を最小限にした。
彼女が傷ついているかもしれないことなど、考えたくなかった。
考えたら、また「人を幸せにできない男」になる。
写真の彼女は、これから妻になる人。
それなのに、この瞬間も、彼女の顔を「人」として見ている気がしなかった。
ただの「契約相手」の姿。
それで十分のはずだ。
指がキーボードに伸び、返信を打った。
「問題ない。」
送信。
それだけ。
メールを閉じ、画面を資料に戻した。
執務室は静かだった。
胸の奥に残った小さな揺らぎは、すぐに沈んだ。
……いや、沈んだふりをした。
あの白いドレスを着た彼女が、式の日に祭壇でこちらを見る瞬間を、
無意識に想像してしまったから。
その想像を、すぐに切り捨てた。
(……俺は、彼女を幸せにできない。)
だから、近づかない。
触れない。
見つめない。
それが、俺の守り方だ。
でも、あの写真の一枚が、
心に、ほんの小さなヒビを入れた。
気づかないふりをして、書類に目を落とした。




