第1章番外 結婚式前夜
(承前)結婚式1ヶ月前、実家にドレスが届いた日。
実家の応接間は、いつも通り静かだった。
重厚な木製の扉、祖父の代から続く調度品、窓から見える庭の古木。
ここは私の育った家なのに、温かみを感じたことはほとんどない。
使用人が大きな白い箱を運んできた。
「三娘。お召し物が届きました。」
私は立ち上がり、箱を受け取った。
蓋を開けると、純白のドレスが丁寧に畳まれ、繊細なレースとビーズが光を反射している。
派手すぎず、でも上品で洗練されたレースのディテール。
オフショルダーの袖が優雅に落ち、ボディラインを美しく引き立てるシルエット。
世間が噂する「覇道総裁の妻」にふさわしい、かつ「32歳」という名家の娘にしては後れた花嫁という立場をわきまえた――落ち着いた大人の美しさ。
私はドレスを広げ、鏡の前に立った。
白い生地が肩から滑り落ち、腰を優しく包む。
鏡の中の私は、静かに微笑んでいるように見えた。
でも、胸の奥で何かが小さく疼いた。
母は隣の部屋で、電話をしていた。
父は書斎に閉じこもっている。
ドレスの到着を伝えても、「ふむ、そうか」とだけ返ってきた。
「おめでとう」の一言も、試着を見たいという言葉も、なかった。
(……両親にとって、これは「家の取引」の一つでしかないんだ)
私はドレスを着たまま、窓辺に立った。
庭の木々が風に揺れている。
留学時代に恋をした人たちは、もっと熱く気持ちをぶつけあった。
しかしあの人は私の顔すらまともに見なかった。
総裁は、私の顔をまともに見ない。
お見合いの日も、契約の場でも、
視線はいつも遠く。
でも今は、それが正しいと思った。
結婚は恋愛じゃない。
家同士の約束。
ドレスを脱ぎながら、私は静かに息を吐いた。
箱に戻す前に、指でレースをそっと撫でた。
(……このドレスを着た時、
昊天さんが、少しでも私を見てくれるなら。)
贅沢な願いかもしれない。
でも、諦めきれない自分がいた。




