第1章番外 お見合い(昊天ver)
(承前)ホテルの個室は、いつもより空気が重かった。
向かいの席に座る女性——妻となるべき人物——は、穏やかに微笑んでいた。
名家出身、留学経験あり。プロフィール通り、整った容姿と落ち着いた物腰。
問題ない。
それだけを確認した。
代理人が資産、株式、将来の計画を淡々と読み上げる中、視線を窓の外に固定した。
上海の街並みは、変わらず忙しなく動いている。
(……これで、叔父派の動きも抑えられる。グループの安定は確保される。)
結婚の理由は、それだけだ。
経営危機というほど深刻ではない。
叔父派残党がまだくすぶり、株主の一部が揺らいでいる。
政略結婚で名家と結びつくことで、外部からの信頼を固め、内部の不満を封じる。
それが、龍騰グループ総裁としての「合理的な選択」だった。
女性が話しかける。
私は小さく頷き、「こちらこそ」とだけ返した。
それ以上、言葉は必要ない。
彼女の視線を感じたが、目を合わせることはしなかった。
(……この人は、俺をどう思っているのだろう)
一瞬、そんな考えがよぎったが、すぐに押し殺した。
知る必要はない。
知ってしまったら、また「人を傷つける」かもしれない。
お見合いは45分で終わった。
立ち上がり、「これでよろしいか」と確認した。
代理人が頷く。
女性が丁寧に頭を下げる。
振り返らずに部屋を出た。
廊下で、秘書の菲菲が半歩後ろからついてくる。
「次は結婚式です、総裁。」
「……ああ。」
それだけ。
結婚式の日まで、ほとんど何も考えなかった。
式の準備はすべて任せ、仕事に没頭した。
新居のペントハウスに移る手配も、セキュリティの強化も、すべて「合理的」な理由で進めた。
李家の屋敷には、戻らない。
戻るつもりもない。
(……あの場所に、あの人を連れていきたくない。)
なぜそう思うのか、自分でもわからない。
ただ、無意識に拒否している。
母の記憶、父の死、叔父派の影……すべてを、彼女に背負わせたくない。
政略とはいえ、彼女は「妻」になる。
だからこそ、遠ざける。
結婚式当日、
彼女が白いドレスで歩いてくる。
美しい。
それだけは、認めた。
でも、心は動かない。
誓いの言葉を機械的に繰り返す。
「はい。」
「はい。」
指輪を交換し、キスは形式的に。
拍手が響く中、俺は思った。
(これで、すべては安定する。)
でも、胸の奥に小さな違和感があった。
この契約が、いつか俺の「世界」を崩すことになるなんて。




