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ソラスの尖塔  作者: るる
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冷たい村の詩

 その日、ソラスは近くの村へ沢山の衣類品を持って出かけて来ていた。衣類品を一、二枚入れた布袋を台車に乗せて、である。彼女は雪の積もりきった道をざく、ざく、と踏み分け、いつものように優しい声色でわらべ唄を歌いながら、少し歩いたところにある村に辿り着いた。

「『雪降る村の子供をご覧 子供をご覧

彼らが帰らば私も帰ろう 雪の嵐がやってくる

雪降る村の子供をご覧 子供をご覧

彼らが歌えば私も歌おう いずれに春がやってくる』、と」

 歌いながら、彼女は村の十字路に台車を下ろした。それから布袋もソラスの横に下ろして、中にある衣料品を取り出し、空っぽの台車の上に並べた。ソラスの台車は、時には商品の陳列棚にもなったのである。

 それからソラスはまた唄を紡ごうと口を開いた。が、開いて少し経ってからも彼女は言葉を出さず、ややあって、口までも閉じてしまったのだった。唄が思い出せなかったのではなかった。理由は、その村に住む村人達にあった。

 まばらな人通りの中、服をぼろぼろにした子供達が、建物の影から出てくる。この一帯では有名な悪ガキ達である。彼らはソラスを見るなり、急に意地汚い笑みを顔に浮かべ、

「『銀髪の魔女のおでましだ

目は青色で肌は白

人形みたいな恰好で

僕らをいつも狙っている

さあ、逃げろ 逃げろ』」

 ソラスの顔は翳り、十字路を通る大人達はそれを止めようともしない。むしろ、面倒事を避けたい気持ちが眉根に表れているようにさえ見える。子供達は唄を続けて、

「『もし勇気があるのなら

いざ悪しき魔女と決闘せんと

集え我らが勇者達 さあ、石を投げろ

雪をぶつけろ』」

 そう言って、きゃっきゃっと笑いながら、彼らは地面を覆う雪をかき集め始めた。ソラスは嫌な顔をして台車の影に隠れる。雪から身を守るためだ。小鬼の集団は、待ってましたと言わんばかりに、

「魔女が隠れたぞ、今だ!」

 雪玉の集中砲火を始めた。次々に白い弾丸が台車にぶつかり、台車上を跳ね、ソラスの横の壁に当たって潰れる。白く冷たい雪粉がソラスの顔にかかり、彼女はそれを拭った。更に酷いことに、今度は拭った手に雪玉が直接ぶつけられる。冷たいのと痛いのとで、ソラスの優しげな顔は悲しげに歪む。

 次いで第二波がやってきた。しかし、ソラスはそれを止めようともしない。無駄だと判っているのである。それに、ただひたすらに耐えれば、やがて彼らは飽きて去ってしまうということを知っていたからであった。彼らを避ける様に歩く人々の中の誰かが、彼らを止めるずっと前に。

「『銀髪の魔女はやっつけた

あとは王の騎士達が

あいつを捕まえ火あぶりだ

やれ 火あぶりだ 火あぶりだ』!」

 げらげら、と悪ガキ達の下品な笑い声が、耳に押さえた手越しにソラスの耳に入る。ソラスはほとんど泣きそうな表情でそれを聞いていた。

 ざくり、ざくり、と雪を踏み分ける音がする。どうやら悪ガキ達は去ってしまったらしい。

 ソラスは立ち上がると、台車や衣料品にかかった冷たい欠片を払った。ぱらぱら、と白い地面に粉状の雪が重なる。払っていると、またざくり、ざくり、という音。彼女が顔を上げると、薄いブロンドの髪をした、赤や緑の毛糸で編まれた暖かそうな服に身を包んだ女性が、台車の前に立っている。

「あ、何をお探しですか?」

「それ」

 女性は一言だけ言って、ソラスが先日編んだばかりの羊色のマフラーをつまみ上げ、

「何エイル?」

「三〇エイルになります」

 ソラスが笑顔を作るも、薄いブロンドの女性は笑顔を返そうとすらせず、布の財布からエイル銀貨を三枚取り出してソラスの台車の上に放り投げた。それからマフラーだけは大事そうに首に巻き、ソラスが、どういたしまして、という前に去ってしまう。ソラスは弱々しい笑顔を浮かべて女性の背に向かって手を振っていたが、女性が完全に見えなくなってしまうと、ため息をついて顔に陰を落とした。

 村人達のほとんどはよそ者のソラスを嫌っていた。いや、全員が、ソラスを居ないものとして視界に入れないようにした。あるいはあの子供達のように、行商に来た彼女を虐げているものも居る。誰もがそれを止めようともしないし、ソラスに慰みの声をかけることも当然無かった。

 だからといって、ソラスはこの行商を止めるわけにもいかなかった。尖塔にある金庫の金貨を働こうともせずに使うのは、気が憚られるのである。結局、我慢するしかないとソラスは健気に思い、そしてひたすらに耐えるのであった。

 他に数人の村人達が、他にも衣服を買っていって――誰もがあのブロンド髪の女性と同じようにソラスを扱った――少し経った頃である。ふと、ソラスは空を見上げた。何だか吹雪が来そうな予感がしたのである。

「……くるかな」

 雪に染まった地面のように白い空を眺めながら、そう呟いた。彼女は急いで売れ残りの衣服類を布袋に収め、それの口を紐で締めると、台車に乗せた。ソラスは全身で台車を引き、唄を紡ぎ始める。

「『今日の日はさようなら やがて吹雪がやってくる

辛いこともあるけれど 楽しいこともまたあった

これから私は帰らなきゃ やがて吹雪がやってくる

今は寂しいのだけれど 止まない吹雪はないのだから

やがて吹雪がやってくる 今日の日はさようなら』」

 寂しげな調べだとソラスは思う。これは尖塔に住むもう一人の少年、ユイスの好きな唄でもあった。彼は塔の窓から外を覗きながら、吹雪が吹き始める度、来る緑に思いを馳せて歌うのだ。

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