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出会いはウォーリーを探したからです

作者: 満原こもじ

「何でしょう、これは」

「あっしのほうが聞きたいんでやすがね」


 庭師が持ってきたのは、一抱えくらいの大きさのあるガラスの容器でした。

 厚手で歪で結構重いです。

 実にそそられますね。


「お嬢、こういうもの好きでやしょう?」

「大好きです」


 お嬢と呼ばれたわたしはカルラ。

 ターク男爵家の娘で、花の一四歳です。

 花と自称しながら色っぽい話には縁がなく、もっぱら骨董品とか出土品とか歴史とかに興味が向いているため、両親にも呆れられておりますが。

 でも勉強はよくできるって、家庭教師にも褒められているのですよ?

 来年貴族学院に入学してからも全然問題ないだろうって。


「これ、どうしたのですか?」

「庭に埋まってたんでやすぜ。ほぼ傷つけずに掘り出せたのはラッキーでやしたが」

「ふうん、そうですか……」

「何かわかることがありやすか?」

「ガラスの製造技術が未熟な時代のものだと思うのですよ。おそらく一〇〇年かそれ以上前」

「ああ、ボコボコでやすもんね」

「気泡も入ってますしね」


 いえ、何らかの理由で自作したということなら、そんな昔に製造されたものとは限りませんか。

 しかし我が家の庭に埋まっていたものですから……。


「……うちがこの家を買ったのはいつでしたっけ?」

「旦那様と奥様が結婚するちょっと前ですぜ」


 そうそう、以前のターク男爵家のタウンハウスは狭くて不便な場所にあったと聞きました。

 この容器は少なくともこの家の購入以前のもの。


「この家がうちのものになる前は、どなたの所有物だったのでしょうか?」

「ハハッ、お嬢は好きですねえ。不動産屋で聞けばわかると思いますぜ」

「そうですね。あとで行ってみましょう」

「あっしが気になった点というのがあるんですがね」

「このガラス器についてですか? どこでしょう?」

「底に何か記入してあるんでやす」

「えっ?」


 あっ、本当です。

 ウォーリー?


「男性名のようですね」

「普通、器に名前なんか入れやすかね?」

「入れないですよねえ……芸術作品で作者名を入れているとか?」

「お嬢はこいつに芸術性を感じやすか?」

「……」


 正直何とも。

 味があるなあとは思いますけれども。

 

「……謎が増えてしまいましたね」

「どうしやす? 謎を解決したいんでやしょう?」

「したいです」

「しかし何に使うものなんでやしょうねえ? 大きさからして食事を作るか保存するものだとおもうんでやすが……」

「だったら金属か陶器のほうが向いていますよね?」


 わざわざガラスで作る意味はないと思うのですよ。

 加工が難しいですから。

 やはり芸術作品?

 いや、でも両手持ち用の取っ手があるところとか、実用性を感じるのですよね。

 あ……。


「何か思いつきやしたかい?」

「魔術師や錬金術師はガラスの器を好んで使うと聞いたことがあります」

「ではこいつの持ち主だか使用者だかは、昔の魔術師か錬金術師?」

「可能性は高いのではないでしょうか」


 本当に魔術師か錬金術師が使ったものなのか。

 ウォーリーとは誰なのか。

 面白いことになってきましたね。


「わたし、不動産屋に行ってまいります」

「あっしがお供いたしやす。ちょうど手がすいたんで」


          ◇


 ――――――――――図書館へ。ウォーリー・ハーメルン子爵令息視点。


 もう現在では一二〇年前の大内乱について語られることがほとんどない。

 国内史の講義くらいだ。

 昔は内戦の負け組の領主貴族は白眼視されたというが、現在ではそんな意識もまたない。

 いいことではあるのだが……。


 従者リックが話しかけてくる。


「ウォーリー様も好きですよね」

「何が?」

「調べごとが」


 そんなのではない。

 僕と同じ名前の御先祖様がいた。

 忘れられてしまうのが残念なだけだ。

 当時のハーメルン侯爵家の英雄ウォーリー・ハーメルンが。


 僕と同名の戦士ウォーリーは、当時追随する者がないほどの実践魔法の使い手だった。

 各種の術を操る魔法戦士として、現代では負け組と言われている諸侯を率いて王家連合と戦った。

 当時の強過ぎる王権は、農産物に対する税を高く設定していたからだ。

 農民からの反感は大きかった。

 そして負け組諸侯の領地は穀物の主要な生産地に該当する。


 他国との競争もあり、農業よりも商工偏重とした王家の政策はわからなくはない。

 しかし農民に恨まれるのは領主なのだ。

 王都を中心とする都会の王族貴族と地方領主の意識にはギャップがあり、地方領主の不満が高まったことが大内乱の原因だ。


 実際の戦闘はどうだったか?

 戦士ウォーリーは戦いを優位に進めていたのだ。

 ただ彼は、消耗戦になると結局王家連合の物量には敵わないことを知っていた。

 戦いが長引いて苦しむのは農民だということも。


 有利な内に交渉をまとめようとした。

 それは食料の不足をきたしていた王家連合にとって、願ってもないことだった。

 戦士ウォーリーの手記が残されている。

 その中の一節にこうある。


『王家はオレを許すまい。しかしオレの首と引き換えに税を下げることはできるだろう』


 完全にその通りになった。

 しかし歴史の教科書にはどうあるか?

 ウォーリー・ハーメルンが諸侯を唆して内乱を起こした、そのせいで穀物が不足し税率を上げなければいけなくなったと書かれているんだ。

 因果関係が逆。


 もしウォーリー・ハーメルンが歴史書にあるような単純な反逆者だったら、ハーメルン侯爵家は当然改易だったろう。

 実際には降爵及び転封に留まっている。

 潰すと内乱が再発しかねなかったのだろうと思われる。

 それだけ戦士ウォーリーには人望があったからだ。


「図書館に着きましたよ」

「ほう、王都の図書館は大きいな」


 現在、戦士ウォーリーの足跡は追えない。

 何故なら記録が抹消されているから。

 おそらくハーメルン家に残されているもの以外に、新しい資料は出てこないと思う。

 出てきても処分されてしまうだろう。

 王家に盾突いた戦士ウォーリーの罪は重いと考えられているから。


 英雄の名を継いだ者として、民のために戦った戦士ウォーリーの偉業が消されてしまうのは惜しいと思った。

 しかし僕が生まれてくるのはいかにも遅過ぎた。

 戦士ウォーリーの名誉を回復しようと思っても、一二〇年も経つとめぼしい資料は何も残っていないのだ。


 僕は来年貴族学院に入学の年齢だから、ようやく初めて王都に来ることができた。

 王都の図書館は我が国で最も多くの書籍や資料を保管している。

 戦士ウォーリーについて知ることができればと訪れたのだ。

 感慨深いが……。


 ……王都の図書館は王立だ。

 戦士ウォーリーに関する一次資料なんかあるわけがないとわかっている。

 また僕自身がいつまでも戦士ウォーリーに拘っていてはいけないとも自覚している。

 所詮過去の人であるしな。

 王家に反逆した者の名誉を回復したいなんて、僕の自己満足に過ぎないのだ。

 気持ちに区切りをつけるために来た、というのが正しい。


「ん? 何だあれは」

「ガラスの器、ですかね」


 図書館の受付で、職員と僕くらいの年齢の令嬢が話している。

 そこに似つかわしくない、昔の魔道士が用いたガラス容器のようなものがあるのだ。

 曰くのありそうなものを見つけたから調べに来たのかな?

 ちょっと興味ある。


「……ここにあるでしょう? 何かわからないかと思いまして」

「『ウォーリー』という名前だけでは何とも……」

「ウォーリーだと?」


 思わず口を挟んでしまった。

 令嬢の驚いたような顔が可愛いな。


「失礼、僕はハーメルン子爵家の当代の長男、ウォーリーという者だ」

「ああ、同じお名前なのですね」

「このガラス器は御令嬢の持ちものなのか?」

「はい。わたしはカルラ。ターク男爵家の娘です」

「カルラ嬢、ウォーリーとはどういうことだろうか」

「このガラス器の底に『ウォーリー』という記名があるのですよ」


 本当だ!

 サインからして戦士ウォーリーの使っていたガラスの器に間違いない!

 戦士ウォーリーは魔道士だけに、薬物の研究もしていたから。

 同じサインの入っている容器を見たことがあるが、こんなに大きくて無傷なのは初めてだ。

 諦めるために来た王都の図書館でこんなものに出遭えるとは。

 興奮を抑えきれない。


「カルラ嬢。このガラス器の由来について教えてもらいたいのだが」

「ではテーブル席のほうへまいりましょうか」

「僕が持とう」


 ごつごつした手触りが昔のものだなあと感じられた。

 席で話し始める。


「これは僕の先祖、約一二〇年前の大内乱の首謀者ウォーリー・ハーメルンの使用したガラス器だ」

「古のウォーリー・ハーメルンのことは存じております。現代のウォーリー様の手前、口にするのは何なのですが、世を乱した大悪党という評価と農民の味方という評価がありますよね」

「ん? 農民の味方という評価? カルラ嬢はどこでそれを聞いた?」


 戦士ウォーリー贔屓の資料はほぼ抹消されている。

 今ある史書には大悪党としか書かれていないと思うのだが。


「どこでしたかね……あ、オリン・ペイラム様のお屋敷です」

「ふむ、オリン・ペイラム殿?」

「ペイラム家は昔から歴史を追う一族って言われているのですよ。膨大な歴史資料を持っていて。当代のオリン様も『異説の中にこそ真実があるのだ』っていつも言っています」

「何と、そんな御仁がいるとは」

「知る人ぞ知る存在ですね。わたしも歴史が好きなものですから、色々教えてもらっているんです」


 本当に歴史が好きなのだろうな。

 キラキラした魅力を感じる。

 カルラ嬢は美しいな。


「このガラス器については?」

「実はうちで掘り出されたものなのです」

「ほう。領地で?」

「いえ、王都の家ですよ。わたしもどういう由来のものか知りたくて、不動産屋で土地の所有者の変遷を知ろうと思ったのです。でもあまり遡ることはできませんでした。図書館なら何か資料があるかと訪ねてみたのです」

「なるほど、僕は幸運だった」

「わたしも由来がわかってよかったです」

「歴史好きというのは令嬢にあまりない趣味だと思うが」


 不躾だろうか?

 突っ込んで聞いてみたくなってしまったのだ。

 カルラ嬢に興味が湧いてしまったから


「わたしは歴史以外に骨董品も好きなのです」

「ああ、アンティークか」

「アンティークの域に入りますかね? このガラスの器みたいな実用品も好物ですよ。何だろう? って、知りたくなってしまうのです」


 好奇心旺盛な令嬢のようだ。


「僕は僕と同じ名前の御先祖のことが知りたくなって、図書館に来たのだ。王都の図書館はその蔵書量で有名だから」

「ウォーリー様は、王都は初めてなのですか?」

「来年貴族学院に入学なので、王都住みになる」

「わあ、ではわたしと同い年ですね」

「カルラ嬢も学院に?」

「はい。よろしくお願いいたします」


 僕は今まで領地住みだったから、知り合いがいなかった。

 カルラ嬢のように可愛らしく、話の合う令嬢と真っ先に知り合えるとはツイているな。


「このガラス器はウォーリー様に差し上げますよ」

「えっ? 大変嬉しいが、いいのか?」

「うふふ、いいのですよ。ウォーリー様のものになる運命だったのだと思います」


 ズキューンと来るな。

 カルラ嬢こそ僕のものになってくれないだろうか。


「近い内に必ず礼に行かせてもらう」

 

          ◇


 ――――――――――図書館からの帰り道。カルラ視点。


「お嬢。どう思いやした?」

「ウォーリー・ハーメルン様ですか? 目に力のある、印象的な令息でしたね」


 庭師と話しながらの帰宅です。

 あのガラスの容器がどんなものか判明してすっきり気分なのです。


「おそらく嫡男ですぜ」

「何故わかります?」

「ハーメルン家にとってウォーリーとは誇りある名前なのだと見やしたぜ。そんな名をつけるのは嫡男に決まってやす」

「一理ありますね」

「どうです? 狙ってみては」

「ええ?」


 そりゃあ子爵家の嫡男にもらっていただければありがたいことです。


「でもわたし、自慢ではないですけれどもモテませんし」

「本当に自慢にならない時は、そう言わないんでやすぜ?」

「ウォーリー様はわたしのことどう思ったかしら?」

「絶対にいいと思っていやす」

「そ、そうかしら?」

「へい。自分が目的を持って訪れた場所にいて、喜ぶべき展開があって、しかもお土産つきですぜ? キーパーソンのお嬢の印象が悪いわけがない」


 嬉しいですね。

 別れ際、リックと呼ばれていた従者が思わせぶりな顔をしていたのは、期待してもいいということなのかしら?

 何か意識してしまうのですけれど。


「礼に来るのでやしょう?」

「そう言っていましたね」

「学院でも同学年でやすし」

「はい」

「あっしも報告しておきやすぜ」

「はい?」


 報告って何です?


「旦那様と奥様にでやすよ。お嬢は古物にしか興味がないって、それはそれは心配なされているんでやすぜ? このままだとどこかの後妻に行くしかないって」

「まあ、後妻?」


 お父様とお母様がそんなことを言っていたなんて。

 もう、失礼ですね。


「お嬢が初めて意識した令息らしい令息でやす。旦那様から先方にそれとなくアプローチしてもらえばいいでやすぜ」

「ええ?」


 でも婚約の打診って、そういうことから始まるのですよね?

 ウォーリー様が婚約者ですか。

 いいかもしれません。


「ちょっと楽しい気分になってきやしたでしょう?」

「はい」

「それが恋の芽生えでやすぜ」


 モヤモヤホカホカワクワクする気持ち。

 これが恋の芽生えですか。


「……悪くないですね」

「出会いが掘り出しものからというのが、お嬢らしいでやすけれども」

「うふふ、そうかもしれませんね」

「ウォーリー様もきっと掘り出しものでやすぜ」


 掘り出しものから掘り出しものですか。

 価値をじっくり見極めろということかもしれませんね。

 ええ、どうせいっぺんに大きく変われはしないのです。

 恋の芽生えとやらに一歩近付けたこと。

 これはわたしの人生において大きな進歩ではないでしょうか?


 ああ、ウォーリー様

 次あなたに会うことが楽しみです。

 戦前戦中まで存在した指宿の牧場の牛乳瓶の話を、先月テレビで放送しておりまして。

 そこから思いついたお話です。 

 仮タイトルはもちろん『ウォーリーを探せ』でした(笑)。


 最後までお読みいただきありがとうございました。

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