第五話
「わあ、かわいい~」
思わず、といった声が広間のあちらこちらからこぼれた。
それはマチルダも例外ではなかった。
目の前に現れた小さな光を放つ魔術具が、硝子のように透明な青い羽を持つ蝶へと姿を変える。
きらきらと光を弾く羽をひらめかせ、ふわりと舞って、マチルダの右肩にとまった。
他の人たちはどうなのだろうと、広間を見渡すと色々な物に姿を変えていた。
あっ、あの人は猫を抱いているわね。あちらの人は……へ・ヘビ?!
でも鱗の一枚一枚が赤く輝いて綺麗なヘビだわ。
皆、あの魔術具が目の前に現れた時にはすごく緊張していたけど、今はリラックスしているわね。
ラルフ様の言った通りだわ。人は、好きな物が身近にあるだけでリラックスするんだって。
「わあ、セルジュ様のトラ、かっこいい!」
しかも手乗りサイズだぁ。鈍い銀色に光っていて、セルジュ様を見て喉を鳴らしているわ。
「ミリィの青い蝶は美しいね。その青は、ミリィのピンクブロンドの髪によく似合っているよ」
ミリィは頬に両手を当て、勢いよくセルジュから顔を逸らした。
顔が熱い。見られるのが、どうしようもなく恥ずかしかった。
「(もう、セルジュ様ったら!お義姉様がおっしゃっていた通り……ええと、女ったらし、なの?)」
「ミリィ、どうかした?あっ、僕たちへの質問が始まるよ」
魔術具への緊張が解けた広間に、サリオス伯爵から声が上がった。
「皆様、これからされる質問は難しいものではありません。今日この広間で見聞きした事を、よく思い出して私の部下たちにお伝えください、完璧である必要はありませんよ」
今日の広間の事をよく思い出してくださいと言われて、お父様と一緒に広間へ通されたのを最初に思い出した。
あっ!その時にアルシーヌ伯爵とミレーヌ様にご挨拶したんだった。
アルシーヌ伯爵はいつもの穏やかな笑顔で、ミレーヌ様の笑顔は強張っていてすぐに下を向いてしまわれたわ。
その後は……。
「では、本日はこのまま解散していただいてかまいません。我々は魔術具を持ち帰り情報を精査後、議会に提出いたします」
言葉遣いは穏やかで丁寧だが、一切の温度を感じさせない硬質な声音でサリオス伯爵はご苦労様と閉会を宣言した。
背を向けて部下を引き連れ広間から退場しようとしていたサリオス伯爵は、何かを思いついたようにポン!と一つ手をたたいた。
「あっそうそう、忘れるところでした。皇命への反逆行為の是非はすぐには結果はでませんが、今日この場でゴルティ侯爵令息が宣言した婚約破棄に関して、すでに皇帝陛下より婚約破棄認可証を預かっています」
部下の一人がサリオス伯爵に手渡した書簡を、そのまま青白い顔のゴルティ侯爵の目の前に提示した。
「アルシーヌ伯爵家への慰謝料などは、後日に法務官立ち会いのもと両家で、お決めください」
それでは、これで。と、サリオス伯爵は、今度こそ振り向かずに部下を引き連れゴルティ侯爵家を後にした。
茫然自失の主には来客の見送りは無理だと判断した執事長が、侯爵邸の上級使用人を総動員した。
「……今日はお疲れ様だったわね」
ヴァルメイル侯爵ルチアが、まだ保護者と合流せずにいたセルジュとマチルダへ、気軽に声をかけた。
「侯爵閣下」
セルジュが丁寧な礼をとると、マチルダもスカートを摘まんで軽く腰を下ろした。
「……マチルダ嬢、貴女ミレーヌ嬢から何か相談を受けていたのかしら」
ヴァルメイル侯爵ルチアの声は、相手に警戒心を抱かせない何気なさがあった。
「ええ?!私がミレーヌ様から相談されていた、ですか?そんなことないですぅ。私たち辺境地の新入生がミレーヌお姉さま達に相談に乗っていただいているのに」
邪気も含みもない笑顔でマチルダは、顔の前で大げさに手を横に振り答えた。
あら、そう?とヴァルメイル侯爵ルチアは、疑いを載せない声音で答えた。
「そうだわ。来週、我が家で公達のサロンを開くの。勿論お昼だから保護者は不要ね。2人で是非参加して」
「私のような下位貴族の庶子が参加してもいいんですか?」
人差し指を下唇に当てて、顔をコテンと傾けた。あざといというのはこういった仕草だろうか?
「私のサロンには色々な階級の人たちが集まるのよ」
ふふっと軽く笑って、私が気に入った人たちが来るのよ。と女侯爵は言った。
「……ああ、ミリィここにいたのか」
落ち着いたバリトンの魅力的な声がマチルダの名前を呼んだ。
「お父様!」
花が咲いたと形容できる弾んだ声でマチルダが答えた。
「お久しぶりね、ローダンヌ子爵。今回の年末年始の社交界には参加されているのね」
「ご無沙汰しております、ヴァルメイル侯爵。シュタインブルグ公爵閣下の御供で三年ぶりに皇都へ参りました」
帝国貴族にはそれほど多くない黒髪を撫でつけ、黒を基調に銀糸でさり気無く刺繍を施した礼装姿。
学院時代に幾人もの高位貴族の令嬢が、この目の前の男の寵を争ったのだ。
その魅力は、今でも健在だ。――いや、年齢を重ねて凄みを増した。
女侯爵は貴族然とした笑顔の奥で思い出していた。
この目の前の男は、学生時代「癒しの貴公子」として人々の口の端に上っていた。
「微笑」は貴族としての嗜み、相手に自身の考えを読ませないための盾。なのだが……。
この男の瞳は「本当に笑っている」のだ。暖かな体温を感じさせるのだ。
その「笑顔」に老若男女問わず虜になってしまう。
どれだけ人生経験を積んだ人間でも、彼の魅力的で暖かな笑みには抗えないのだ。
一度誰かが、魅了の魔術使いでは?と言い出したことがあった。
しかし、それは皇宮の魔術省によって否定された。
――――本当に恐ろしい男だわ。
ノードセプオン=シュタインブルグ公爵ファビアン・ロレンス様の側近中の側近。
細身で柔和な「癒しの貴公子」は、実のところ、帝国でも一二を争う武闘派だ。
「ローダンヌ子爵の辺境でのご活躍は私も耳にしています。去年の魔獣狩りも武勲をたてられたとか」
「いえ、私なぞまだまだでございます。大活躍されたのはアルシーヌ伯爵ですよ」
「……ふふ、そういう事にしておきましょうか」
扇で口元を隠していたずらっぽく女侯爵は笑った。
「そうそう、マチルダ嬢に私の主催するサロンへの参加をお願いしましたの」
手を胸に当て女侯爵に一礼したローダンヌ子爵は、武闘派とは誰も思わないだろう優雅さだった。
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