第十五章:影の傷と太陽の涙
Ⅰ. 最初の危機と影の献身
アルティスとセレネアは、馬車を使わず、夜の「月の森」を影の魔力を駆使して進んでいた。
その時、森の出口付近で、ユリウス王子が差し向けた王家直属の追跡隊に捕捉された。隊員は、アルティスの月魔法の弱点である光の魔力を込めた剣と結界を用いていた。
「ノクス公!観念しろ!貴様の不吉な影に、公女様を巻き込むな!」
アルティスは、セレネアを背に庇い、影の結界を最大限に展開した。しかし、光の魔力による猛攻は激しく、アルティスはセレネアの安全を確保するため、無防備な体で敵の一撃を受け止めることを選んだ。
「――っ!」
彼の左腕に、光の魔力が込められた剣が深く切り込んだ。月魔法の使い手にとって、光の傷は回復が遅く、強烈な痛みを伴う。
「アルティス!」セレネアが悲鳴を上げた。
「大丈夫です、私の太陽」アルティスは、血を流しながらも冷徹に状況を判断した。「この隙に、影に潜る!すぐに、私から離れないで!」
アルティスは、影の魔力を爆発させ、追跡隊の目を眩ませる。二人は、辛うじて追跡を振り切り、近くの洞窟へと身を隠した。
Ⅱ. 太陽の治癒と溢れる涙
洞窟の奥で、アルティスは激しく息を乱し、左腕を押さえていた。影の騎士である彼が、光の傷を負ったことは、彼にとって屈辱だったが、セレネアを守り抜いたという愛の証明でもあった。
「なんてことを!なぜ、貴方まで怪我を負うの!」セレネアは、涙をこらえながら、彼の軍服を引き裂き、傷口を露わにした。
「私の職務ですから。今や、貴女を守ることが、私の命です」アルティスは、強がりを言うが、傷の痛みに顔を歪ませた。
「嘘よ!」セレネアは、金色の瞳に大粒の涙を溢れさせた。「貴方は、私が『お飾り』でなくなってから、初めて『私の命』だと言ってくれた!なのに、その命を、こんなにも粗末にするなんて……!」
彼女の涙と共に、純粋な太陽の魔力が溢れ出し始めた。セレネアは、自分の治癒魔法が、王家の封印によって不完全であることを知っていたが、愛する人の傷を前に、本能的な力が覚醒した。
セレネアは、涙を流しながら、傷口に手をかざし、光の魔力を流し込んだ。
セレネアの太陽の魔力は、愛と悲しみという感情によって増幅され、アルティスの傷を驚異的な速さで癒やし始めた。彼女の涙が、傷口に落ちると、黄金の光となって輝いた。
(痛みが消えていく……いや、それ以上に、彼女の心と魔力が、私を包み込んでいる。彼女の涙は、私の傷を癒やし、私の魂を満たしている……)
Ⅲ. 激情の爆発と甘い言葉
アルティスは、自分のために流される、セレネアの純粋な涙を見た瞬間、これまでの全ての抑制が再び爆発した。
怪我の痛みなど、もはやどうでもよかった。彼にとって、セレネアの涙は、王家の追跡や自身の命よりも、はるかに重要な危機だった。
アルティスは、痛む腕を使い、セレネアの顔を優しく持ち上げた。そして、その涙の跡が残る頬に、深く、愛おしむように口付けた。
「泣かないで、私の太陽」
彼の声は、過保護な愛と安堵に満ちていた。
「貴女の涙は、私の魂を切り裂く、どんな光の剣よりも鋭い。もう、私を傷つけないでください」
彼は、セレネアの唇に、優しくも情熱的な口付けを重ねた。
「貴女は、私を守ってくれた。貴女は、私の命を救ってくれた。こんなにも強い私の光が、私を心配して流す涙など……もったいなくて、見ていられません」
アルティスは、傷の治った腕でセレネアを強く抱きしめた。
「君の魔力は、真の愛によって、王家の封印を破りつつある。君の涙は、この世で最も美しい治癒の魔力だ」
彼は、セレネアの耳元で、甘い、ささやくような声で続けた。
「どうか、その尊い涙は、私を愛した喜びのために取っておいてください。君の影である私は、君の笑顔と君の情熱だけを、これから先、独占したいのです」
セレネアは、泣きながらも微笑んだ。過保護な影の騎士の、これ以上ない愛の告白だった。二人の魔力は、洞窟の中で調和し、誰にも破れない愛の結界を形成した。




