第十三章:追跡の号令と束の間の安寧
Ⅰ. 王子の激昂と追跡指令
ユリウス王子は、アルティスとセレネアが逃亡した後の離宮に踏み込んだ。窓は開かれ、部屋には、二人の魔力が融合した影と光の微かな残滓だけが残されていた。
「馬鹿な……!あの冷たい男が、王命を破り、公然と裏切ったというのか!」
ユリウスのエメラルドの瞳は、激しい嫉妬と怒りで燃え上がった。彼の深紅の装いが、怒りの熱で微かに揺らめく。
「あのノクス公め!貴族の体裁も、王国の秩序も知らぬ野獣めが!そして、セレネア公女……私ではなく、あの男を選んだというのか!」
ユリウスは、自身の正直な憧憬が、二人の愛を燃え上がらせたという皮肉に気づいていない。彼は、プライドと野心に基づき、この事態を王家への重大な反逆として扱うことを決めた。
彼は王宮中に最高警戒態勢を敷くよう命じた。
「ノクス公とルーメン公女は、王国の秩序を乱す反逆者として即座に拘束せよ!特にノクス公は、危険な月魔法を操る。決して手心を加えるな!……私が必ず、あの男からセレネアを取り戻す!」
王宮は一気に騒然となり、ユリウス王子指揮の下、影を追う光の騎士団が、王国全土に向けて追跡を開始した。
Ⅱ. 影の中の甘い安寧
アルティスとセレネアは、影の魔力を使い、王都から遠く離れた、古い「月の森」の奥深くにある、アルティスが秘密裏に用意していた隠れ家にたどり着いた。
そこは、王家の監視や魔力の結界が届かない、影と光が調和した、二人のためだけの場所だった。
アルティスは、セレネアのマントのフードをゆっくりと外し、彼女の白金の髪を優しく撫でた。
「無事です。私の太陽。もう、誰も貴女に『お飾り』の鎖をかけられません」
セレネアは、命懸けの逃亡による疲労と、彼の抑制のない愛の視線に、全身が熱くなるのを感じていた。
「アルティス……貴方は、本当に来てくださったのね。あの時の私の言葉を、職務として切り捨てなかった……」
彼女の金色の瞳が、不安を打ち消すように、彼の藍色の瞳をじっと見つめる。
Ⅲ. 抑制の解放とキスの嵐
アルティスは、これまでの全ての理性を脱ぎ捨てた。もう、「職務」という名の冷たい仮面は不要だ。
彼は、セレネアの手を優しく引き寄せ、その銀色の指輪に、深く、愛おしむように口付けた。
「貴女の言葉を、職務として切り捨てる?……無理ですよ、私の愛するセレネア」
彼の声は、甘く、熱に満ちていた。それは、これまでの冷徹なアルティスからは想像もつかない、抑制を解かれた男の言葉だった。
「貴女が『絆を失うことに耐えられない』と告げた時、私の冷たい月は、貴女の太陽の熱に、完全に溶かされてしまったのです」
アルティスは、セレネアの顔を両手で包み込み、優しく、しかし熱烈な情熱を込めて口付けた。
その口付けは、魂の誓約を確かめるように深く、離散の悲しみを埋めるように激しかった。
アルティスは、唇から離れると、セレネアの顎のライン、そして首筋へと、キスの嵐を落としていく。
「君の光を、私から奪おうとした罪は重い。その責任を、私が取らせていただきます」
彼の冷たい月魔法の魔力が、セレネアの熱い太陽の魔力と触れ合い、絡み合い、融合していく。セレネアの全身に、雷が走るような激しい喜びと、圧倒的な安堵が広がった。
「アルティス……貴方の影は、こんなにも温かいのね……」
彼女は、彼の銀色の髪を指で絡めとり、彼の首筋へと顔を埋めた。
アルティスは、彼女の全てを求める衝動に駆られたが、愛する女性の意思を尊重し、寸前で理性を取り戻した。
「まだ……君は追われる光。私は影の騎士です。真の自由を得るまで、この誓約だけを交わしましょう」
二人は、激しい抱擁の中で、魂と魔力の全てを分かち合った。彼らの愛は、王家の追跡という外敵によって、誰にも破れないほど強く結びつけられたのだった。




