ニヂュウク、もしくは、狂拳者たちの狂宴の渦中の中で輝く者
アンダーグラウンドのストリート・ボクシング「ソリッド・フィスト」、そのルールは極シンプルなものだ、互いに一対一で素手でノックダウンするまでひたすら殴り合いをするだけで、ボクシングにおける19世紀に制定された「クインズベリー・ルール」のようなスポーツ要素は皆無と言える。
ひたすら強い者だけが生き残るだけというシンプルなルールの中にだけ自己を見出だすような狂拳者たちが血と汗にまみれた栄光を欲し集う、それが「ソリッド・フィスト」である。
ルールがルールなら集まる奴らも集まる奴らだ、かつては律厳社で肉体を鍛練したが、混頓によるドーピングで追放された元・ボクサー、表社会では到底生きられないような罪を犯した前科者、マフィアの現役用心棒等、一癖も二癖もあるような連中ばかりだ、その中かでも大会3連続チャンピオンのウインター・サンダーボルトは別格の強さを誇る男だ、いつも丸首のTシャツを着て会場に現れる見るからに屈強な元・海軍の男で大酒飲み、その酒が祟って海軍を除隊させられたらしいが“勘”は鈍ってはいない恐ろしい存在だ、マークライトの最大の宿敵はこのウインター・サンダーボルトだろうと言える。
マークライトととの契約をした翌日の夕方に「ソリッド・フィスト」の予選試合があることをスティーブンスから聞き付けると私とスティーブンスはその時間まで安酒を呷ったり、ここまでの経緯を話したりしながら過ごした、時折スティーブンスの“客”が訪れ、混頓を施されて帰っていったりもした。
スティーブンスの“客”は老若男女問わずに訪れて来た、それほどまでにラニャール地区の北部とセルミーヤ地区のスラムには多種多様な混頓中毒者が潜伏していることが分かった、また、スティーブンスはキーンとの面識はあるが、シーンズとの面識は無く、スナジ村にすら行ったことがないという、スティーブンスという男は話せば話す程に不思議な男だった、私よりかは幾分深く混頓中毒者でもあったが、それが彼の魅力に拍車をかけてもいた。
私は百聞は一見に如かずと考え、「ソリッド・フィスト」の予選試合を観るために、会場となるセルミーヤ地区のスラムの一角にあるバーの地下へとスティーブンスと共に訪れた。
バーの地下は何もない場所でただのだだっ広いだけの空間が広がっている場所だった、そこにおおよそ60人近い男ばかりが集まり皆険しい顔をして、あるものは怒号を上げながら、あるものは痰を吐きながら、あるものは無言で腕を組みながら自分の出番を待っている、「ソリッド・フィスト」にはリングのようなものは無く、ただ男たちが取り囲む中で試合をするだけである、そして、奇しくも私とスティーブンスが会場に訪れたその時にウインター・サンダーボルトの予選試合は行われようとしていた。
スティーブンスは男たちをかき分け円の中心へと現れた、どうやらスティーブンスはレフェリーのような存在らしかった、「男でありたいか!?強くありたいか!?栄光が欲しいか!?」というスティーブンスの一言一句に会場は涌いた、ウインター・サンダーボルトの名前をコールすると会場は更に興奮の坩堝と化した、対戦相手の男の分が悪いのはあからさまだった、互いの肉と骨の軋む音が感じとれそうな程の密閉した異様な空間に熱気と熱狂が血と汗を滾らせてのたうち回る光景は異常以外の何物でもなかった。
試合が始まるとウインターはひたすら暴力的なパンチをその熊のような巨体から繰り出し対戦相手の男に浴びせまくった、相手の男はなす術が無く何度も倒れかけるが、ガッツを示してどうにか二本足で踏ん張っている、しかし、決定的な一撃を左の頬に食らいノックダウン、ウインターの圧勝だった、会場の熱気はピークを迎え、誰もがウインター・サンダーボルトの勝利を讃えた、ウインターはその中で雄叫びを上げながら「俺がチャンピオンだ!俺こそがチャンピオンだ!」と何度も何度も叫んだ、それらの熱狂を更にスティーブンスが煽った、「この男のように強くありたいか!?この男のように男でありたいか!?この男のように栄光が欲しいか!?」コール・アンド・レスポンスの波の中で私はスティーブンス・カーターという男を冷静に眺めていた、ウインター・サンダーボルトのファイトと勝利は凄まじいものであったが、ここの男たちを熱狂させているのは間違いなくスティーブンスだった、それは他の試合でも言える事だった、スティーブンスは事あるごとに観衆を煽った「拳を示せ!力を示せ!証明しろ!お前がお前がであるということを証明しろ!!」「血が足りないぞ!汗が足りないぞ!栄光を掴む手が届いてこないぞ!」「お前は誰だ!?お前は一体何者だ!?お前がお前であることをお前の拳で証明して見せろ!」それらの言葉は観衆だけではなく勝者や敗者にすら等しく降り注いだ、ここに渦巻く純然たる血と汗の信奉はどの宗教にも囚われないものであったし、寧ろ時代を先取りした感覚すらあった、しかし、彼らの大半は混頓中毒者であった。




