ニヂュウシ、もしくは、旅立ちについて語り合う夜は何気ない顔で訪れる
それは何気無い夜だった、ラジオからはナット・キング・コールの「ネイチャー・ボーイ」が優しく揺れるように流れていた夜だった、私とキーンはその日はよく稼いだ日でくたくたになりながらソファーに寝そべり安いウイスキーを呷っていた、私はこんな夜だからこそキーンに関係の解消について述べようと思った、空虚な疲労感だけでこの夜を終わらせてしまうのは実に悲しく、何かしらの題を残したいと思ったのだ、だから私は藪から棒な程にその話題を切り出した。
「なぁ、キーン、私はそろそろ旅立ちの日が近いと思うんだ」
「“こんな夜”に“藪から棒”だな」と、キーン。
「だろ?」と悪戯に笑いながら私は話を続けた、自分はここ一年とちょっとの生活ですっかりと一介の混頓中毒者になれたと思った、しかし、単なる中毒者に落ちぶれる気は無く、ある種の伝承者へとなる時期に来ていると考えたというその旨を話すとキーンは納得したように言った。
「確かに、ジョニサン、君は単なる中毒者にしておくには勿体ない逸材だよ、魔法の鍛練にも人一倍努力しているし、薬学の勉強にも同じ程に努力している、しかし、伝承者の道は険しいぜ、何時だって混取締の目に怯えて暮らさなきゃいけないし、手に負えない中毒者の相手や後始末だってある、引き留めるつもりは無いが伝承者っていうのは“上手く”やらなきゃいけないもんだよ」
キーンの意見は本物だった、だからこそ私も本心で答えた。
「キーン、君にはシーンズと同じ程の友情を感じている、だからこそここを旅立とうと思ったんだ、“ウォーター・パズル”を初めて吸引した時の事を覚えているかい、互いに可笑しな経験をしてしまったけれども私はあの時から“人生の輝き”について考えるようになったんだ、停滞して淀むより動き続けても輝いていたいんだ、分かってくれるか」
「どうしても行くと言うのか、友よ」
「あぁ、“行かなくちゃいけないんだ”」
ラジオからは「ストーミー・ウェザー」が流れていた、私とキーンはこの曲を聴いて暫く沈黙した、曲が終わるとキーンが「やはり、ビリー・ホリデイの方が良いな」と言った、「ああ」と私もそう思っていた、続いてキーンは話し出した。
「首都のイベロにスティーブンスという男がいる、伝承者だよ、昔の“相棒”でね、彼もまた何だか孤独なやつだよ、そいつの手伝いをするといい、電報を打っておくから、一週間後に会い行きなよ」
「ありがとう、キーン、分かってもらえて良かったよ」と私は言った。
「僕もうかうかしていられないな、いつまでもギルド稼業なんてやってられないよ」とキーンはグラスのウイスキーを飲み干てプレッツェルを頬張ると言ってみせた。
「何か新しい働き口があるのかい?」
「グランツェード地方に新しい魔力発電所が建つらしい、そこの専属魔道士の働き口が募集中だよ、行ってみる価値はあるだろう」
「キーン、君ならやれるよ」
この世界における発電の要は石炭火力でも天然ガスでもなく魔力だ、発電所に専属魔道士が就いて魔法を使いタービンを回す訳である、その土地により信仰する宗教も様々に別れているので使用される魔法も異なる、つまりは土地によって火力や雷力、水力や風力の魔法の発電所が存在するのだ、グランツェード地方は光教の信者の多い土地で雷力発電所が数多く存在する土地でもある、雷撃の魔法が得意なキーンなら、キーン程の魔法の才があれば聖竜信仰教であっても発電所の専属魔道士になれるかもしれないと私は考えた。
「どうかね、世の中そう上手くいくかね、まぁ、ダメならまたスティールウルフでも狩りながら安いウイスキーでも飲みつつ、このアパートメントで暮らすさ」とキーンはソファーから起き上がり言った。
キーンならばやれる筈である、私が魔法の鍛練にその集中力を注ぎ込む傍らで聖竜信仰教の魔法の大半をここ一年で急激にマスターしてみせたのだ、切磋琢磨の結果である、確かに聖竜信仰教は火・雷・水の三大属性の基本的な魔法である準中級までしかマスターすることはできない、他の魔法も回復魔法や防御魔法にしても同等のものしかマスターできない、だからこそ宗教的な信仰心に重きがあるといえるし、社会的な地位も低く、宗教としても古の教えとまで言われている、しかし、それを補うようにしてキーンはアイテム、薬学にも精通している、その魔法の才と知識があれば光教の信者に引けを取らない活躍ができる筈だ。
「大切なのは“人生の輝き”だよ、キーン」
「“人生の輝き”ねぇ、賭けてみるのも悪くはないかもね」
キーンはそう言うと安いウイスキーをグラスに注いでそれを飲みながら再びソファーに倒れた。




