ニヂュウニ、もしくは、ウォーター・パズルによる効能、我は考えるイヌ、人生の輝きとは
通りを行く人々の顔や背中が輝いて見える、一人一人がただの群衆や雑踏の一部ではなく生きた人間であるという感覚がある、それだけではない、通りを行く車や街路樹からも各々色の違った波長の様なものが見える、うち震えるべき感情と降り注ぐべき光の交差点部分のフラッシュに目を細める、それでも強烈なまでのエネルギーと情報量が視界に飛び込む、私はひたすら通りを歩いた、そして、公園のベンチで噴水を眺めつつ過ごした、水の一粒一粒全てに波長を感じる、この波長こそが生命エネルギーの正体なのだ、なんと美しいエネルギーなのだろうか…、私はベンチを立ち上がり、噴水の水に触れた、今、私は生命エネルギーに触れているという実感に感動すら覚え、思わず涙を流してしまった、それでも私は形振りを構わなかった、今ここで、この瞬間に生命エネルギーを感じ、感動している私こそが正常であるという自信に基づいた認識があったからである、そう、その驚愕に値するこの空間の名こそが“世界”なのだ!今、私はその“世界”の中で人生を歩んでいる、これだけで実に素晴らしい、それだけで感動する理由なのではないか、あぁ、私は今、生きている、この実感の強靭さは揺るぎ無い程のものである、噴水の水で顔を洗う、あぁ、冷たい、感じる、水温を感じる!水温の色を、音を、それらを成り立たたせる言語を感じる!そうだ、アパートメントへ戻ろう、キーンとこの驚愕を共有するのだ、昨晩の宴以上に素晴らしく知的で精神的な世界を共有するのだ
私は一路アパートメントへと歩いた、しかし、歩いている最中にも私の驚愕は止まること知らなかった、ひたすら感動に涙が出てくる、道行くホーボーの背中から煙る人生の波長に、ドラッグストアで購入したm&m'sは色によって味も音も違うことに、野良猫の鳴き声にはメロディーがあることに、感動し続けた、やがて空は夕暮れ時となり、アパートメントのドアを開くとそこには素面になったキーンがチコリのコーヒーを飲みながらラジオを聴いていた姿があった、「世界は、輝きに満ち溢れている…」と呟いて私はその場に倒れた“らしい”。
気が付くと私は自室のベッドに眠っていた、キーンが私をベッドまで運んでくれたようだ、リビングへと向かうとフライパンからフォークで直接何かしらの卵料理を食べるキーンの姿があった、キーンは私の顔を見ると「元気になったかい?」とだけ聞いてきた、私は一切の感覚を失っていた、空腹や眠気、根本的な疲労すら失っていた、だから私は「空っぽだね」とだけ答えた、キーンは卵料理を食べ終えて頷くと「シュガー・レイ・ロビンソンの連勝がストップだってさ、ジェイク・ラモッタと“また”対戦して判定でプロ初黒星だぜ」とラジオで聴いたであろうボクシングの話題を話した、私は「それでも40連勝したさ」とだけ返した、キーンは「そうだね」と答えた。
キーンが“ウォーター・パズル”の効果によってバケツを頭から被り、自分の声を反響させながら「宇宙の音楽」を嗜んでいたことは後々に「そう言えば、あの時…」と言ってキーンの口から直接に語られた事だ、“ウォーター・パズル”は素晴らしく輝かしい経験をもたらすが“監視人”がいなくてはどうも危なっかしい混頓だと私は反省した、キーンにその事を伝えると「まぁ、それも一興さ」と悪戯に笑いながら彼は言った、ただ“ウォーター・パズル”を吸引した時の感性で人生を過ごせたのならそれはそれで楽しいのかもしれない、私はこれ以降、“人生の輝き”についてぼんやりと漠然と考えることが増えた、私の「考え癖」というやつだ、その題目に“人生の輝き”なるものが頻繁に上るようになった、私の人生の輝き、私の人生は輝いているのだろうか、私は聖竜信仰教の魔法18種類をマスターして残りの混頓のレシピを試したらキーンとの関係を解消しようと考えた、常に行動することが人生を輝かせる秘訣のようなものだという考えに至ったからだ、その為にはより魔法の鍛練と薬学の勉強に励まなくてはいけなかった。
それからの半年は私の人生における集中力の大半を使いきるつもりで鍛練と勉学に励んだ、そんな私を見て触発されたのかキーンの魔法にもより磨きがかかっていった、正しく切磋琢磨を共にした時間だった、それでも私とキーンは“遊ぶ事”も忘れてはいなかった、ある日、キーンがギルドにいた他のパーティーの知り合いからHERSHEY'Sのトロピカル・バーという軍用チョコレートを貰って来て私とキーンの二人で細やかな楽しみとして食したところ“茹でたジャガイモよりもややマシな程度”の味でガッカリさせられて、それでなんだか笑い合ったこともあった。
ともあれ、私は無事に聖竜信仰教の魔法18種類をマスターし、残り2つの混頓のレシピを試して、この世界における人生基盤を作ることができたのだった。




