ニヂュウ、もしくは、討伐や鍛練の日々を記した日々ヲ
翌日の事だった、私とキーンはギルドへと仕事を探しに出た、私たちは受付の女が提案してきた仕事を何件かピックアップし引き受ける事にした、首尾よく行けば仕事の内容にもよるが1日に2~3件の依頼をこなす事ができる手筈だった、1件目の依頼はサヴァロの街のイータン地区にある“五年通り(ファイブ・イヤーズ・アヴェニュー)”という通りにある2階建ての木像住宅の屋根裏部屋に住み着いた吸血蝙蝠という2メートル位の魔物の駆除だった、木造の屋根裏部屋という狭小な場所であったためキーンは火属性の魔法を使えず苦戦したが、簡易的な目眩ましの魔法によって吸血蝙蝠の視界を奪うとその隙に私が放った銃弾によって追い詰めた、後は窓を開け放ち日光を屋根裏部屋に取り込むと吸血蝙蝠は断末魔の叫びを上げながら焼け爛れて絶命した。
次の仕事はサヴァロの街の外に出た、他のパーティーとの合同での仕事でサヴァロの街より東南に位置するギュラーズ平野にあるW.F牧場周辺に現れるスティール・ウルフという凶暴な野犬のような魔物の群れを討伐するものだった、スティール・ウルフの群れは凡そ20匹程おり、他のパーティーが4~5人編成の最中、たった二人の私とキーンはそれでも3匹を討伐してみせた、スティール・ウルフとの戦闘はキーンの魔法がやはり要となった、特に雷撃の魔法がスティール・ウルフには覿面に効いた、魔王が世界に戦争を仕掛けてからこのギュラーズ平野一帯はスティール・ウルフの群れが跋扈するようになったという、そういった情勢と理由からこの討伐依頼は定期的にあるらしく、私たちや他のパーティーの顔ぶれも大体が同じものでギルド稼業の中でも手堅い稼ぎが出る依頼だとキーンは教えてくれた。
私たちはサヴァロの街に戻ると少し遅い昼食をダイナーで取った、クラブサンドイッチとミルクセーキを食した、不味いコーヒーを飲みながら最後の仕事の依頼について話し合った、その日の最後の依頼もサヴァロの市街でのものだった、クロナイト地区の裏通りに住み着いたスライム数匹の駆除だった、クロナイト地区は規模も大きく、街の淀みのようなスラム街も内包している地域だった、私とキーンはクロナイト地区のスラム街に通じる裏通りでスライムと対峙した、しかし、スライム相手だと私の銃やナイフは牽制程度にしか役に立たなかった、それでもどうにかキーンの魔法詠唱の時間を稼ぐことができた、キーンは火属性の魔法でスライム数匹をあっという間に火炙りにした。
サヴァロの街それ自体規模が大きく人口も溢れており、魔物を寄せ付けない場所ではあったが、やはり魔王の無政府主義的な決起により街の所々に魔物が出没するようになっていた、ギルド稼業からすれば有難いのかもしれないが、社会情勢という観点から見ると必ずしも良いことではなかった、現に世界は揺れていた、国のトップがラジオ番組の「炉辺談話」でも勇者と魔王との戦いと経済の恐慌について触れることもあり、それをイエロー・キャブ内のラジオで聴いたこともあった、新聞やニュースを街頭で見かけると「勇者一行がナイリンの街を魔王の軍勢から救った」だとか「魔王の軍勢がメルテスの空軍基地を壊滅させた」だとかの情報が入り乱れていた、私は勇者一行にせよ、魔王にせよこの世界には世界情勢を左右させることができる超人のような人間が存在することを認識した。
そう言ったことを踏まえてキーンは私にとっては身近な“超人”であった、彼はその若さで聖竜信仰教の信者として取得できる117種類の魔法のうち58種類を既にマスターしていた、魔法に関して言えばキーンは天才的だった、しかし、彼はそれを鼻に掛けようとはしなかったし、何かしらの功名を立てるためにその才能を役立てようとはしなかった、あくまでもギルド稼業と混頓の為にしか使わなかった、また、私も彼も毎晩の魔法の鍛練を欠かさなかった、私は私で混頓の為に最低限必要な18種類の魔法の習得の為の努力であったし、ギルド稼業での足手まといになるまいという考えもあっての鍛練だった、彼は彼で聖竜信仰教への信仰心と探求の為の修行として欠かさなかった。
また、私たちはあまり働かなかった、最低限の生活の為にギルド稼業を営んでいた、週に3日か4日を集中的に働いた、その割りの良さからスティール・ウルフの群れの討伐へはよく出掛けた、後は専らサヴァロの街の中に時々出没する魔物の駆除をして細々と生計を立てた、それこそ私は魔法の鍛練に夢中だったし、キーンは元からそんな生活をしていた、ギルド稼業の無い日はキーンは大抵安いウイスキーを飲んだくれているか、私はアイテムや薬学についての勉強をしているかだった、私が魔法の習得に漕ぎ着け始めたのは鍛練を開始して3ヶ月を過ぎてからだった、そこから更に半年を要し、スクリュー・アップ、インスタント・ラヴ、ウォーター・パズル、の3つの“ボール”のレシピをマスターした、妥当な歳月を要したと言えた。




