二
ギルドは想像以上に現代的なものだった、その実用性がサヴァロの街のダイナーなんぞより洗練を見せていた、建物自体が横幅があり、正面から入るに長椅子が幾つか置かれ、老若男女様々な人々が座っていた、幾つかのカウンターが板で遮られており、仕事の依頼や相談者で溢れていた。初回受付カウンターの紙を取ると62番と書かれていたが一時間と待たずに私の番号は呼ばれた。私は一連の流れや雰囲気を思うに市役所のような機能美を感じた、私にとってはそれらのものこそダイナー以上の洗練を見出だすものだった、また、私に失うものは何もなかった、この世界に転生させられた時から着ているジャケットは既に路上生活で擦り切れており、ズボンの裾や靴も痛み尽くしていた、ポケットに拾い集めた小銭が8"エン"あった、奇しくもこの世界での金の単価も"エン"であった、そんな様子なのだから私は何の衒いもなく受付の女にたずねた「ギルドの仕事は始めて何をすればいいかよく分からない、元手なる武器すら無い、とにかく金が欲しい」と、すると受付の女はヴェロニカ・レイクを真似たような美しい金髪をこれ見よがしにかき上げた、しかし、顔は土台無理があって酷く地味なもので今の私には酷く退屈な印象を与えた。
「ギルドの仕事内容はシンプルに2つあります、未開の場所への宝物探しである冒険者プラン、それとギルドが依頼人からによる斡旋を受けての依頼による魔物モンスター討伐プラン、武器は成功報酬天引きないしローンによる支払いが可能ですよ、あと稼ぎたい方はリスクは高いですが魔物討伐プランがオススメです」
女は若干捲し立てるかのような早口でこれ等を説明してみせた、流石に圧倒はされたが、それでも私は冷静を努めることが最善と意識を切り替えた。
「じゃあ、魔物討伐プランで頼むよ、あと武器、道具を無理の無い価格で見積もってほしい」
受付の女は再びヴェロニカ・レイクのような金髪をこれ見よがしにかきあげて「了解しました」と言った、私はやはり酷く退屈な印象を受けた。
その夜に不安にはなった、何せ誓約書には「命の危険は絶対に伴わない」とまであった、そして相手は魔物だ、ギルドに見積もられた武器はブロードソードと銀弾を発射するブローニングハイパワーが一丁、怪我を回復するためのポーションの入った小瓶が2つ、そして、逃亡防止の呪文が込められたギルドの刺繍が肩と背中に入った暗い紺色の厚手のジャケット、このジャケットが特殊なものであって他にも防御力や素早さや力をアップする呪文が込められており、戦闘の補助の役割も兼ねている。しかし、これでサヴァロ近郊の村に夜な夜な現れる"クラッカー"というオオカミに似た魔物を一人で倒せというのだから不安が募る、私自身なんら特別な訓練等を受けたわけでもないのだからその不安に思うことはより現実的な悩みとなって浮上する、それでも私はギルドに手渡された交通費を持ち夜行列車に乗り込みクラッカーの現れるスナジ村を目指した、「やっと、"らしく"なってきやがった…」と不意に呟いた列車の中で上客の男の一人が幾分酔いながら私に話しかけてきた。
「なんだい、そのなりは、お前さんはあれかい?ギルドかい?」
明るいベージュのハンチングと同じ色合いのジャケットを羽織り、赤いチェックのシャツにジーンズ姿の、白ひげを蓄えた50代から60代くらいの男はどっしりとした体型で私の前の席に座ってみせた。
「どうも食い扶持に困ってね、因果なものさ」
私はあたかも他人の苦労事のような風に言った、そうでもすれば気が何となく誤魔化せるようなところもあった、列車の外は夜の光景を呈していた森か平原かの漆黒の狭間にトンネルを幾つか通過するだけの繰り返しの絵面だった、目の前の席にどっしりと座る男は私に酒を勧めた、そのボトルはりんご酒だった。
「酒と言えばこれだよ、最近じゃあみんなラム酒だカクテルだなんて呑んでいやがるが、俺にとっての酒っていうのはりんご酒のことさ」
私は男の勧めるままに一口りんご酒を呑んだ、久しぶりの嗜好品の悦びが身体の緊張を解して行くのを感じた。
「次に通る真新しいトンネルは俺と息子が三年前に掘ったトンネルさ、このエンティカ地方でも一番最初にシールド工法を取り入れたトンネルさ」
男は赤らめた顔をより興奮させながらそう言った、すると突然肩を落とし窓の外の漆黒を見つめつつ呟いた。
「自慢の息子だった、新しい技術と共に俺を超える職人にもなれた……」
私は男の様子から幾分と察し始めた、言葉を発するような吐息が漏れた、少しの沈黙の後に男は語り始めた。
「半年前にスナジ村へ出掛けた時の事さ、何て事はないアパートの外周工事を手伝いに行ってね、その帰り道の村の外れで魔物に出くわしたんだ……、でかいオオカミみたいな野郎だった、そいつに襲われちまってな、いまだに息子の墓の下には"胴体が眠っていない"んだ……」
「クラッカーか?」
「そうだ、ほんの数年前にスナジ村の周辺を彷徨き始めたらしい、もしかしてお前さん、それが"仕事"か?」
「あぁ、初めての"仕事"だ」
男は私のその言葉を聞くなり項垂れた、そして、怒りと悲しみが織り込まれた太い綱のような低い声を持って私に言った。
「今の若い奴らはどうして死にたがる……俺の息子だって、あの時に俺なんぞを庇ったりしなけりゃ……」
りんご酒の甘い陶酔は完全に立ち消え、無情の漆黒を見せる窓の隙間風が列車内を冷たく裂いていた、そんな車内で男の言葉に言い表せぬその感情の温度は一つの存在感を持っていた…
夜行列車はスナジ村の駅に向かい、少ない乗客を乗せて走り続けた、夜明けの瞼が開く頃、息を白くさせるほどの大気を包くるませて列車は駅に着いた、男は少ない言葉で私を彼の感情のドームから追い出し、現実へと向かわせた、その言葉は餞別の飲みかけのりんご酒のボトルを手渡す時に放たれた。
「死ぬなよ」




