ヂュウク、もしくは、疲労の果てにそれでも私は鍛練スル
私にせよキーンにせよ反社会的な人間性の持ち主であるということは隠せずにいた、世間では勇者と魔王との戦いがそのまま魔法民主主義と自由を守るための戦いという思想にスライドして国際協調主義が主流となっていた、その最中に私とキーンは混頓という私欲の権化のような行為に取り憑かれていた、しかし、本当に私たちは反社会的な人間性の持ち主だと言えるのか、混頓を吸引することがそういった行為だと言えるのだろうか、私は些か疑問に思う所がある、つまりは混頓の吸引は自由への探求であるということだ、混頓を吸引している時の我々はただ感じるままに生きているということ、そこにはただ浴びるだけの世界、言論から解き放たれ自己の表現に規制は無く、信じるものも教わるものも無い、全てに満ち足りて欠乏も無く、脅かされる恐怖も無い、それらの自由によって彩られた世界が混頓にはあると言えまいか。
「私たちは、自由…だろ?」
洗礼の儀式の帰りの道のイエロー・キャブの中で私はそう呟いた、キーンはその呟きを拾ったように「自由さ」とだけ答えた。
通りの街灯、行き詰まる車、その隙間を流れる雑踏、まるで夜を忘れたように街は煌びやかだった、私とキーンはバーセリン地区の盛り場が集まるツエン通りのカクテルバーに身を寄せてスクリュードライバーやソルティドッグを注文した、私もキーンも疲労していたし、話の種も尽きていた、けれども互いに心地好い沈黙があった、それでも時々は話をした、聖竜信仰教における魔法の習得の限界は割かし早く訪れることだとか、この世界には宗教を信仰しながら魔道士や僧侶にならずに信者をやっているだけの人間が多数いること、アパートメントの近所に住む野良猫の話、どれもが取り留めの無い話だった、それもまた心地好く時間を過ごすものだった、互いに幾分酔ってバーを後にした、キーンにマッサージ・パーラーへと誘われたが、「“くたくた”だ」と言って断ると「まぁ、俺もだ」と言った、その後少しばかり歩いてツエン通りの外れでイエロー・キャブを再び拾うと真っ直ぐとニルサン地区のアパートメントへと向かった、私もキーンも意識が朧気のままアパートメントに到着し、リビングのソファーに寝そべるとそのまま深い眠りに落ちていった、とにかくこうして長いようで短い私の洗礼の儀式の1日は終わった。
「ソファーなんかで寝るもんじゃないな…首や腰が痛いよ」と言うキーンの声で目が覚めた、確かに私の身体もギクシャクとしていた、キーンがチコリのコーヒーを煎れてくれたので一杯貰った、コーヒーを飲みながら私とキーンは今日の予定について話をした、昼過ぎにアパートメントから一番近いギルドへ行って私の名簿登録をするのが今日の予定だった、その後に魔法習得の鍛練をレクチャーしてくれることをキーンは話した。
ギルドへはやはりキーンと共に行くことになった、ギルド稼業の場数ならキーンの方が踏んでいるからである、しかし、ニルサン地区のギルドは以前に行ったギルドと同じような造りとシステムで営業されていたし、登録だけならさして時間も使わずにすることができた、これならば態々キーンの手を煩わせる程のことではなかったのかもしれないとまで思う程だった、それでもアパートメントへ帰るとキーンは「就職祝いだ」と言って私にM1カービンとMK2ナイフを買って寄越した、私の戦闘での役割りはキーンが呪文の詠唱を終えるまでの数十秒を稼ぐことにあった、魔法を唱えることができない私のような人間にとって銃やナイフは魔物にとっては非常に有効な攻撃手段だった、また、私はこの2つの武器を大切にしようと思った。
続いては魔法の習得の鍛練についてだ、先ずは洗礼の儀式にて覚醒させられた初期魔力と自己の中にある“気”の波長を合わせることが基本としてある、この鍛練には実に感覚的な要素が強く、キーンの伝えようとしていることをいかに明確に捉えるかがポイントとなった、頭の中に2つの波が重なるイメージを作り続けるこの鍛練の初回で私はどっぷりと全身に汗をかくほどの初期魔力なる体内エネルギーを消費した、キーン曰く「誰もが最初は“そう”」らしい、魔法の鍛練とは思えない程の肉体的なその鍛練に思わず深いため息がもれた、キーンはそんな私を見ながら「まぁ、焦らずだ」といってタオルを投げて寄越した、それでもこの日、この手渡されたタオルが汗で重たくなるほど私は鍛練をした、私は私の目標に対しては集中的でありたかった、ストイックでありたかった、その目標の向こうに何があるのかは分からない、ただ、それでもがむしゃらなまでに突き進まなくてはならないと考えていた、この世界で生きていくということに対して私はある種の執着の様なものを混頓を通して得たように思ったのだった、それは“自由”のためでもあった、この世界ならその“自由”のために人生を賭けてもいいとまで考えていた。




