ヂュウハチ、もしくは、救いと許しを乞うものの姿即ちワタクシ
イエロー・キャブがハロナイト地区に入ると景色は一変した、荘厳な造りをしている光教の教会があり、独特な色彩感覚で彩られた発神会の寺院、煌びやかな飾りが目を引く金来徒道寺院や厳粛さが見て分かる奥深い造りの自点院の教会等がその通りには所狭しと並んでいた、正しく異世界中の異世界に迷い混んだと言える街並みに眩暈すら覚えてしまいそうになった、それらはサイケデリアのオーパーツとでも呼べるものたちであった。
その中でも私が洗礼の儀式を受ける聖竜信仰教の寺院は厳かにかつ慎ましやかにそこあった、寺院それ自体の造りは木造で四角い柱や壁に実に繊細な竜のレリーフが彫られており、その最小限の立体感がその場所を素朴かつ温かみのある存在にしていた、キーン曰く、聖竜信仰教の寺院には“信仰を持つ人々が還る家”とでも言えるような概念があり、それを素晴らしく象徴した建築物だと私は率直に感心することができた。
寺院は扉を押し開けると誰でも入る事ができた、寺院内部は土間から低い段差が始めにあり、よく磨かれた床が広がっていた、その奥の中央には木像の聖竜が鎮座しており、供物や花なども供えてあった、そこに聖陣布と呼ばれる麻の丸い形をした布を敷き、座ると今いる部屋の左側のドアから静かに高齢の僧侶が現れ、同じく聖陣布を敷き膝を突き合わせるようにして座った、私にはスピリチュアルなものを信奉する気持ちなど微塵も無いが、この場所で木像に唾を吐いたりするような愚行はしようとは思わないし、この空間の掟に逆らおうとも思わなかった。
聖竜信仰教の僧侶は実に高齢で痩せ細っており、それでも髪の毛は綺麗に剃ってあったし、髭も口と顎の周りに整えられて清潔感すらあった、それはおおよそ悪意を示すような風体ではなかったし、私はキーンが僧侶にお辞儀をしたので合わせてお辞儀をした、それに対し僧侶も深々とお辞儀をして見せた、「救いと許しを、今日はどの様な件で訪ねて下さった」と僧侶は言うとキーンは私を紹介するようにし「救いと許しを、この者が聖竜信仰教の洗礼を受けたいとのことです」 と言った、私は多少ぎこちない素振りで「救いと…許しを」と言って「これはスナジ村のシーンズという男に書いて貰った紹介状です」と言ってシーンズが書いてくれた紹介状を僧侶に渡した、僧侶はそれを受け取り目を通すと「なるほど」とだけ言った、続けて僧侶は私に洗礼を受ける理由を尋ねてきた、私は「冷徹な現術主義者として生きていく事への疲れと疑問から信仰に重きの強い聖竜信仰教への入信を友人のシーンズとキーンの勧めもあって決めたのです」と言った、その返答に対して僧侶はまたしても「なるほど」とだけ言った、高齢の僧侶の瞳は輝かしく吸い込まれそうな程のブルーに溢れてはいたが、私はその瞳の奥を覗き込むようにして偽りを吐いた、すると僧侶は「まだ若いのに聖竜信仰に教えを乞うとは珍しいことだ、歓迎しよう」と言った。
洗礼の儀式は私と僧侶、そして立会人としてのキーンの3人で厳かに行われた、聖陣布の上に座らされた私はその場で目を閉じて初期魔力の覚醒の為の魔法を僧侶に施された、キーンはそれを少し離れた場所で見守っていた、また、この魔法は一定の位にまで上り詰めた高僧のみが扱えるものであって、故に洗礼の儀式を執り行える僧侶も限られているのだ。
初期魔力とは誰もが秘めている力である、それをこの洗礼の儀式で覚醒させ、後々の鍛練で増長させれるかは当人次第である、この世界における魔法とは魔力と自己の中にある生まれ持った“気”の波長を合わせつつ、外気に流れる属性のエネルギーを手繰り寄せ、それらを総合して出力されるものである、これらは鍛練なくしてできるものではない、私は単に魔法を習得できる権利のようなものを手にしただけに過ぎない、初期魔力の覚醒以外の儀は形式的なもので特別な神秘性は無かった、小さな陶器の皿に盛られた少量の塩や生米や水を肩にかけられたり、私等にはよく分からない呪文の詠唱が少し行われて終了した、最後に高齢の僧侶が私に対して「あなたは少し変わった“気”を持っている」とだけ言った、私はそれは自身が異世界からの来訪者であるからだろうと考えた、しかし、それが何かしら特別な力に繋がる程のものではないとも僧侶は言った、私はそれで納得していた。
「救いと許しを」
そう告げて私とキーンは寺院を後にした、外に出るとすっかりと夕方を過ぎていた、その時間帯のハロナイト地区は鮮やかな電飾で彩られた、この地区の宗教における教会や寺院は基本的に24時間の間ずっと閉まる事が無いらしい、街には今夜も救いを求める人々で溢れるのだろうと思った。




