ヂュウゴ、もしくは、口伝にまつわる魔導士のエトセトラ…
流石の私も疲れを感じていた、スナジ村から列車に乗り、サヴァロの駅からギルドへ、ギルドから離れたここニルサン地区へと徒歩でやって来た、それなりには疲れている。キーンはそれを配慮してか私に「今日は早々と休むといい」と言って夕食にコーンブレッドとミルクを「大したものは無いがまぁ、食べてくれ」と言って出してくれた、私はその気遣いが嬉しかったし、夕食時の会話もそれなりに楽しんだ、それでもやはり私は疲れていたのかその夜は早々とアパートメントの一室のベッドで眠りについた。
翌日ともなると私は生活用品を買うために近所のドラッグストアへと出掛けた、それにはキーンも同行してくれた、互いに朝食を済ませていなかったのでソーダ・ファウンテンでエッグ・クリームを飲んだりもした、私にしてもキーンにしても金銭的に余裕は無かったが何かしらの不幸を感じてはいなかった、私には私の目的があったし、キーンにしても世捨て人のスタンスがあったので金銭苦に関して深く悩むことが無かった、そもそも私にして見れば住む場所と仕事の二つが手に入ったのだからそれだけでも有難いものだった。
ドラッグストアでは生活用品以外にも幾つかのアイテムを買った、アイテムはギルドの仕事で使うものであったり混頓の基礎で使うものだったりした、私はキーンの知識を借りてそれらを購入した、アパートメントへ帰り、リビングのテーブルの上に購入したアイテムを並べ、改めて説明を受けたりした、キーンは流すように説明をしていった、そこで「まぁ、今は分からなくても追々理解できるようになるさ」と言った、私は説明に付いていけなかった部分もあり、キーンの配慮ある言葉に安心した。
翌日の聖竜信仰教の洗礼の儀式が日中に行われることをキーンは片手にグラスを二つ、もう片手にアーリータイムズのボトル揺らしながら言った、私は「先程ドラッグストアで買ってきたプレッツェルが部屋にある」と言った、アパートメントにはテレビは勿論ラジオも無かった、しかし、窓を開けると隣の家からラジオ番組の音が聴こえていた、またその窓から流れてくる風も心地の良いものだった、ビング・クロスビーやドリス・デイを聴きながらリビングのソファーに横たわり、ウイスキーを飲んだ。
フランキー・レインが流れて私は疑問に思った、この世界は1940年代の先進国の文明レベルを有している、少からず私の今いる国ではそうだ、だとしても歪な世界だ、40年代ならば1940年も1949年も同じ40年代ではある、この世界はその約10年間が混沌と渦巻いているのだ、約10年間が平行して流れているのだ、そして、それらに疑問を持つ者もいない、今が正確に西暦何年の何月なのかすら知らない、この世界においてカレンダーを見たことすら無い、勇者と魔王の存在と同じ様に疑問に思えることだ、私はソファーから起き上がるとテーブルを挟んで正面の一人用ソファーに座っていたキーンに尋ねた。
「今年は何年だ?」
キーンはそれを何気無い疑問と受け止めたらしくらしくあっさりと答えてみせた。
「194“X”年だよ」
最後の1桁にノイズが入り上手く聞き取れない、やはり私はこの世界における異物なのだろうか、ナット・キング・コールやフランク・シナトラがラジオで流れる世界だ、50年代になればエルヴィス・プレスリーが登場する筈だ、しかし、第2次世界大戦のニュースを聞いた試しが無い、この世界には魔法があり勇者と魔王が存在する、その時点で“単なる過去”ではない、やはりここは異世界なのだ、私はやはりキーンに質問をした。
「勇者を見たことはあるか?」
「どうしたんだ?急に質問ばかりして」
「少し酔ったんだよ、で、どうなんだ?」
キーンはグラスにウイスキーを注いでそれを飲み干して言った。
「バンシー・バンシーなら見たことがある」
「バンシー・バンシー?何だそれは?」
「勇者一行に同行している魔道士の名前だよ、国、いや、世界でも有数の魔道士だろうね、生まれた時から天法典録団の洗礼を受けていたらしい、魔法の超エリートだよ」
キーンがまだハイスクール時代に過ごしていた町にバンシー・バンシーはやって来たらしい、その頃はまだ魔王の脅威も無く、世界は平和だった、しかし、魔王に統率されていない魔物は存在していたらしく、キーンの住む町へと1体のゴーレムが襲いかかった、それを討伐したのがバンシー・バンシーだったらしい。
「修行の旅をしていたらしくてね、とは言っても当時のバンシー・バンシーは既に四大魔天学使の一員に数えられていたような人物だったよ、驚いたよ、たった一撃の魔法でゴーレムを砕いたんだ…」
キーンにとってバンシー・バンシーはその時から憧れでもあったが、同時にその圧倒的な魔法を目にし諦めてしまった部分もあったと言った。
夜風が少し冷たくなり、私は窓を閉めた、酒に酔った以上にキーンの目は虚ろになっていた。




