第9話「乾かしすぎ注意報」
「神原、今日の午後、外構の転圧やれるか? アスファルトの手前だから、今日逃すと厄介だぞ」
朝礼前、丸山課長が声をかけてきた。
「……天気、下り坂ですね。午前はもっても、午後は微妙かと」
「わかってる。でも工程上、今日やるしかない。やれ」
「了解です」
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――外構工事とは、建物のまわりを整える工事のこと。舗装やフェンス、排水の設置など、建物を“完成させるための仕上げ”だ。
中でも舗装前の“転圧作業”は重要だ。地面をローラーで締め固めて、沈下やひび割れを防ぐ。だが地盤がぬかるんでいると、うまく締まらず施工ができない。
この日、現場ではアスファルト舗装の下地を整える転圧作業が予定されていた。
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午前10時、予報よりも早く雨が降り始めた。
「マジかよ……降ってきたぞ」
「これじゃ締まらないっすね」
職人たちが口々にぼやく中、現場の端で神原が腕を組んでいた。
「……エル、どうにかできるか」
《火属性と風属性の複合術式、“熱風送風”をご提案します。湿った地盤を効率よく乾燥させる初歩魔法です》
「試すしかないか……」
神原は人目につかない資材置き場に移動し、小さく息を整えた。
「乾かすイメージ……土の表面を撫でるように、熱風を……」
掌をかざすと、じわりと温かい風が発生し、地面に向かって吹きつける。
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午後1時。
「神原さん、ぬかるみ消えてますよ! 機械も沈みません!」
「よし、このまま転圧入ろう!」
コンプレッサーの音が鳴り、ローラーが唸りを上げる。
神原はしばらく作業を見守りながら、胸をなで下ろした。
《順調ですね、神原様。地盤水分量も問題ない範囲に抑えました》
「助かった。あのまま雨が続いてたら、明日は全部工程ズレるとこだった」
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だが、作業が半分を超えたあたりで、異変が起きた。
「……砂、すごくないですか?」
「目が……チクチクする……!」
乾燥した地表から粉塵が舞い、作業員の目や鼻を刺激し始めた。
「くそっ、乾かしすぎたか……!」
神原は急ぎ、エルに指示を出した。
「風だけ止めろ! 水気は戻すな!」
《了解です。風術式、停止。粉塵飛散レベル、低下中……》
作業は大きな混乱なく再開されたが、神原は自分のヘルメットを叩きながら反省の息を漏らした。
「……ちょっと調子乗ったな」
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夕方、事務所に戻ると高槻がぽつりと声をかけてきた。
「……神原さん、なんか最近、現場のトラブル、やたらスムーズに片付いてますよね」
「気のせいだろ」
「まさか、風を操ったり、地面を乾かしたりなんて……魔法でも使ってんじゃないですか?」
「ははっ、そんな漫画みたいなことあるかよ」
「……ですよね」
高槻の目が、少しだけ細くなった。
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《神原様、魔法の効果は素晴らしいですが、自然との調和もお忘れなく》
「耳が痛いな」
《ですが今回、“乾燥”の応用は非常に有意義な結果でした。魔法の成長も確認できましたよ》
「そっか。次はもっと、うまくやる」
空を見上げると、雨はすっかり止んでいた。