第2話「現場に吹いた、不自然な風」
第2話「現場に吹いた、不自然な風」
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「神原、今日中に3階の型枠解体、段取りつけとけよ。クレーム入ってっからな」
朝、課長の丸山が書類を片手にぼやいた。少しひ弱な声だが、神原にとっては“この一言”が毎日の始まりだ。
「……了解です」
いつも通り淡々と返し、現場の準備に取りかかる。
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――型枠解体とは、コンクリートが固まった後、木製や金属製の型枠を外す作業のことだ。安全に取り外すためには、コンクリートの強度確認や、周辺の作業状況を見ながら慎重に進めなければならない。
特に今回の3階は通路が狭く、養生や搬出導線にも配慮が必要。養生不足や解体材の落下は、重大な事故にもつながる。
現場監督にとって、型枠解体は“地味だが最も神経を使う仕事のひとつ”だ。
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「神原さん、3階の南面、解体材が溜まってて全然降ろせないって」
後輩の高槻が現場から駆け込んできた。「風が通らないから粉塵が舞って視界が最悪です。段差に躓きそうです。あと粉塵で作業員が咳き込んでます」
「……マジか。仮に養生外すにしてもタイミングが悪いな。周囲の住民にも気を遣わなきゃいけないし……」
神原は空を仰いだ。
「風が、吹いてくれたらなー……」
その瞬間、スマホの中でふわりと紫色の光が灯る。
《……願いましたね? それが“発動の合図”です》
「エル!」
《風属性の初歩、“気流操作”。指定した方向に、一定量の風を送ることができます》
「ちょっと待て、こんなとこで……」
《安心してください。可視範囲内の小範囲操作であれば、周囲に気づかれることはありません》
神原は意を決し、ヘルメットの中でつぶやいた。
「3階南面、右上の足場の隙間から……抜ける風を」
指先に小さく風を集めるイメージをすると、足場の間にサーッと風が吹き抜けた。
「……マジで、動いた」
粉塵が流され、作業員の視界がクリアになる。
「神原さーん! 風が吹いてホコリ飛びました! 搬出も進めます!」
高槻が驚いた顔で神原を見たが、神原は知らんふりを決めた。
「たまたまだろ。風向きが変わっただけじゃね?」
「……そう、ですかね」
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無事、型枠の解体は完了した。解体材は予定より早く下ろされ、養生もそのままで済んだ。
事務所に戻る途中、神原はポケットのスマホに話しかけた。
「やべぇなこれ。マジで使える」
《まだ初歩です。ですが、建設現場において風の操作は非常に応用性が高い属性です。養生、乾燥、粉塵、搬送補助……無限の可能性があります》
「エル……おまえ、最高の相棒だよ」
《ふふっ……恐縮です。ですがまだ、風でホコリを飛ばした程度です》
「いや、それだけで現場の空気が変わるんだよ」
その日、神原匠の中で“魔法の価値”がひとつ明確になった。それは「現場を守る力」だった。