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第1話「現場監督、魔法がつかえるようになる?」

私は、ゼネコンに勤務する中堅の現場職員です。日々、建設現場で汗を流しながら思うのは、「もし魔法が使えたら、もっと現場が楽になるのに」ということ。


現在、建設業界は若手の従事者が少なく、少しでもこの世界に興味を持ってもらえたらという願いから、小説という形でこの思いを表現してみました。


建築という現実の中に、“魔法”という非現実をひとさじ。

現場監督という仕事の魅力と面白さを、少しでも感じていただけたら幸いです。

午前7時45分。コンクリートと鉄骨のにおいが混じる空気の中、神原匠はいつものように作業着の袖をまくり、メガホンを握った。


「おーい! 朝礼はじめるぞー! 集合ー!」


鳴り響く笛と共に、作業員たちがぞろぞろと詰所前の広場に集まってくる。神原にとってはこの仕事が、人生そのものだった。


「今日の作業は躯体工事、10階南面の壁型枠組立。コンクリート打設は明日! ケガするな、事故るな、ヒヤリもダメだ。いってらっしゃい!」


「いってきまーす!」


作業員たちの声とともに、現場が動き出す。神原はヘルメットを押さえながら、いつものように走り出した。



「神原さーん、搬入のトラック、また1時間遅れるって!」


「はぁ⁉ もう昨日確認したよな⁉ ……ったく、段取り崩れんだろ……」


「あと、3階の床、スリーブ位置ズレてるって。設備屋さんが怒ってます」


「今すぐ確認する、開口補強の鉄筋の位置も念のためチェックしとけ!」


スマホと無線を駆使しながら、神原は現場を駆けずり回る。足は棒、目はシバシバ、胃はキリキリ――それでも、職人からの「助かったよ、監督」がある限り、立ち止まれなかった。


「――でもよ」


神原は、屋上でひとりつぶやく。


「なんでオレばっか、こんなに頑張ってんだろうな……」


視線の先では、ビルの向こうに朝日が登っていた。同期は本社でスーツ着て会議。神原はここで、汗だくで段取りに追われている。



「神原! おーい神原っ!」


がなり声とともに現れたのは、現場所長の武藤鉄斎だ。ガタイのいい体にドカッとした存在感。声も態度も昭和の建築魂そのもの。


「なんだ、あんだけ走り回ってた割に、顔がくすぶってんな」


「そりゃ、現場の空気が悪いんでね。まあ、なんとか回ってますよ」


「なんとか、じゃダメだ。おまえなら“完璧”にやれんだろ。あと一歩突き抜けてみろ。オレはそれ、期待してんだよ」


口では怒鳴りつつも、目はやさしい。神原はふっと笑い、小さくうなずいた。



事務所に戻ると、パソコン前で後輩の高槻智也が腕組みしていた。クールでそっけない男だが、匠にとっては信頼できる“参謀”だ。


「……書類、間に合わなかったですね。仕上げときましたよ。オレが」


「……おまえ、やっぱ頼れるな」


「ま、現場は神原さんの方が得意なんで。苦手なとこは補いますよ」


顔も見ずに言うあたり、彼らしい。だがその背中からは、熱い信頼が伝わってくる。



午後2時――。現場の見回りを終えた神原は、ひと息つこうと休憩スペースへ向かった。自販機前には、若手職人の市川漣がいた。


「うっす神原さん! さっきのフォークリフト、あれ神業っすね! てか、俺、マネして動画撮ってTikTok上げてもいいっすか?」


「やめとけ、コンプラ違反だ」


「っすよね~! でもカッケーすマジで」


調子のいい奴だが、悪気はない。その後ろから、ベテラン職人・辰巳勝が現れた。


「神原、おめぇ、最近やけに手際いいな。職人歴50年のオレでもびっくりすんぞ」


「気のせいっすよ、辰さん」


ふっと笑って、缶コーヒーを開けた。



その夜、家に帰った神原は、自室でぼーっとスマホを眺めていた。画面のひとつが、突然ノイズを走らせ、見慣れないアイコンが浮かび上がる。


《魔導通信回路・起動完了》


「……は? ウイルスか?」


タップした瞬間――


《……こちら、エルミナ・フォルティス……異界通信、成功……》


神原は、スマホを取り落とした。


「な、なんだ今の声!?」


《あなた、神原匠ですね。どうか、私の声を聞いてください……私は異世界の賢者、エルミナ。あなたの魔力回路が開かれました》


「お、おい待て待て……誰だよ⁉ おれ疲れてんのか⁉」


《混乱は当然です。ですが、あなたはすでに“力”を手に入れている》


次の瞬間――部屋の空気が一気にざわめき、机の上の書類がふわりと舞い上がった。


「な……なに今の……風か? いや……まさか……!」


震える手でスマホを見つめる匠。画面の中では、ふわふわとした紫の小動物――ウサギのようなシルエットが一瞬だけ映った。


《はじめまして。私は、あなたの“魔法の案内人”です》



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