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覇風雷斬

契約魔法が発動した。


金色の光が、まるで生き物のようにアメリアの胸元へと流れ込み、心臓の奥へと突き刺さる。


挿絵(By みてみん)


「っ……く…これは……!?…あたたかい……」


魂が震えた。


血の気が引いていた四肢に、再び熱が戻る。折れかけていた意志に、火が灯る。


ジョーが――あの奇妙な男が、自分を信じ、“契約”?を結んだ。


その意味は解らなかったが、確かな暖かさをもって、アメリアの心へ"勇気"の鋼となって打ち込まれた。


(私は……死ねない……! まだ、何も果たしていない!)


涙が零れた。


それは悔しさでも、痛みでもない。

この場に自分を繋ぎとめた、たった一人の人間への――感謝だった。


「……泣いてる場合じゃ、ないわよね……っ!」


アメリアは目元を乱暴に拭い、血塗れの剣を握り直す。


――ドクン、と心臓が鳴った。


身体が軽い。いや、軽すぎる。

傷が、塞がる感覚はない。それでも痛みは霧散し、視界が澄み切っていた。


“神貨による強化”が、スキルと魔力、そして肉体を再構築している。


――そのとき。


オルデンベアが、咆哮を上げた。


あの咆哮すら、もはや音としてしか届かない。

心が折れるどころか、静かに、ただ冷静に、“討つべき存在”として見据えていた。


「聞こえるか、魔獣……私は、まだ立っているっ――!」


ズズン――!


魔獣の一歩に、地面が唸った。


それでもアメリアは、オルデンベアの巨躯に、たじろぐこともなく歩み寄る。


目は血走っていたが、戦意は冷たく研ぎ澄まされていた。


バールの声がジョーの頭に響く。


「……やりおるのぅ。まったく、もったいない金じゃったが……これほどまでに光るか、あの女騎士……!」


ジョーは呆然と、アメリアの背中を見つめた。


風が鳴った。


それは、嵐の前触れのような沈黙。

重い空気を切り裂く、たった一歩の足音が、戦場に響いた。


「――アメリア・グレイスハルト……参るっ!!」


挿絵(By みてみん)


その宣誓は、凛然たる戦女神の咆哮だった。


次の瞬間、空気が爆ぜた。


アメリアの足元が風圧で陥没し、視界からその姿が消えた。


「ッ――!?」


ジョーが思わず目を凝らす。


 ――【迅脚陣(スウィフトゲイル)


全身に加速の風を纏い、神速の剣士と化したアメリアの剣は、オルデンベアの巨体に正面から跳びかかっていた。


地を踏み砕き、空気を裂き、次の瞬間――


 「■■■■■■――!!」


オルデンベアが悲鳴の様な咆哮と共に巨腕を振り抜く。


だが、間に合わない。


風より速く、雷より鋭く――


 「落雷刃(フォールヴォルト)――ッ!!」


雷光を纏った剣が、閃光のごとく振るわれた。


 ズバァアアァッッ!!


 一閃、二閃、三閃――


音すら置き去りにした高速の斬撃が、オルデンベアの肉体を次々と貫き、断ち、裂いた。


巨体の回復力を上回る速度で、刃が喰い込む。


 「……まだッ……足りない……!」


アメリアは咆哮した。


剣に込めるは、己の魔力全て――雷撃と風の魔法を同時展開し、魔刃と化した一閃が放たれる。


 「――終閃、覇風雷斬グランド・レヴィンッ!!」


閃光が駆けた。


風を裂き、雷を纏い、空をも断つ――


その刹那、アメリアの剣はオルデンベアの右首筋から左太腿までを袈裟斬りに引き裂いた。


静寂が訪れた。


巨獣の咆哮も、鼓動も、何もかもが止まったかのようだった。


そして――


ズズゥン……!


轟音とともに、オルデンベアの巨体が崩れ落ちる。


切断面からは魔力の火花と紫煙が立ち昇り、数秒遅れて大地が揺れた。


アメリアは立ち尽くしていた。


傷だらけの身体に、血と泥と雷光を纏って。


その剣先を、静かに地に向けて――一言、息を吐く。


「……討伐、完了っ……!」


ただ一人、あの巨獣を斬り伏せた女騎士の姿に、誰もが言葉を失った。


その背中は、まさに――


戦場に降り立った、雷の戦女神だった。



静寂。

ただの“音のない空間”ではない。

戦いを見届けた森全体が、息を潜めているかのようだった。


中心に立つ女騎士――アメリア・グレイスハルトは、なお剣を支えに立っていた。


だが――


「……っ……!」


膝が、音もなく崩れる。


「アメリアッ!!」


その声が届いたかどうかは、わからない。

でも、彼女は――わずかに視線を動かした。


焦った表情でこちらに駆け寄る、あの男――


(ジョー……)


恐らく自分に再び立ち上がる"力"を与えた存在――


(……お前、一体……何者なんだ……?)


世界が暗くなっていく。

戦場のざわめきも、風の音も、すべてが遠ざかる。


最後に見たのは――

必死にこちらへ手を伸ばし、駆け寄る、あの滑稽なほど真っ直ぐな男の姿だった。


(……ほんとに……変な奴……)


意識が、落ちる。



――駆け寄るジョー


「アメリア!! おい!しっかりしろ!!」


倒れた彼女の身体を、ジョーが抱き留める。

泥と血に濡れたアーマーの下、先ほどまであれほどの裂帛の気合を見せ、巨獣と真っ向から切り結んでいたとは思えないほど、彼女の身体は驚くほど華奢だった。


「おい!バール!! アメリアは……大丈夫なんだろうな!?」


ジョーの叫びに、バールの声が、いつになく真面目な調子で返ってきた。


「命に別状はない。気を抜いた反動と、魔力の枯渇じゃ。筋肉も悲鳴を上げとるが……寝かせて回復を待てば、また立てる」


「……っ、マジで……よかった……」


ジョーは胸を撫で下ろしながら、アメリアの額から流れた汗と血を静かに拭った。


――こんな細い身体で、あの化け物と渡り合ったのか……

信じられないような現実に、ジョーは息を呑んだ。


「アメリア……凄かったよ……。おかげで、村は救われた……」


静かな森の中で、その言葉だけが、どこか温かく響いた。

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