様子を見るだけだから!
――戦場。オルデンベアとの死闘
アメリアは剣を構え大技に入ろうとしたその瞬間――今までの咆哮とは比較にならない"大咆哮"がアメリア達を襲った。
「ぐっ……っ!」
耳を押さえ、全員が一瞬動きを止めた。
その刹那、巨躯が影のように迫った。
「魔術士、下が――ッ!」
だが、間に合わない。
ズガァンッッ!!!
巨大な爪が振り下ろされ、盾と魔術士が吹き飛ぶ。
魔術士は木に叩きつけられ、そのまま動かなくなった。
盾は呻き声を上げ、両足が不自然に折れた形で地面に伏せる。
咄嗟に2人のカバーに入ろうと前に出たアメリアだったが――
「……っぐぅう……!!」
振り下ろされたオルデンベアの爪――わずかに掠めただけで、防御の上から骨に響いた。
膝が砕ける。
身体が地に叩きつけられ、口の中に血の味が広がった。
「隊長ぉぉっ!!」
⸻
――祠の中にて
「あれ……なんかヤバくないか……!?」
地面が揺れた。木々がざわめき、鳥たちが飛び去る。
「……バール、アメリア達……大丈夫か?」
「……さぁのう。お主、様子を見に行くのじゃな?」
「……行くしかねぇだろ、放っておけるかよ。命、助けてもらったのに……!」
ジョーは焚き火のそばから立ち上がり、ジノに声を掛ける。
「ジノさん、悪い、ちょっと見てくる。すぐ戻るから、祠の中にいてくれ!」
⸻
――再び戦場。
地に膝をついたアメリアの耳には、もう部下たちの叫びも届いていなかった。
目の前には、倒れ伏す盾兵――
彼の名を、今、呼ぶ余力すらない。
そのすぐ後ろには、魔術士の――動かない身体。
手が、震えていた。
剣を支える右腕が、力を失っていく。
(……これが、限界?)
誇り高き騎士、王都の精鋭、その中でも指揮官として認められ、辺境復興の“象徴”とまで言われた。
自分が、“初めて任された任務”で――何一つ、果たせずに終わるのか?
(馬鹿な……こんな熊一体に……)
「ぐ……っ……!」
膝が崩れかけるのを、必死で堪える。
でも、息ができない。呼吸が浅い。頭が回らない。
(……兵を失って、私も倒れて……)
(村は、どうなる……?)
あの小さな集落。
子どもたちが笑っていた。
年老いた農民が、荒れ地を耕そうとしていた。
(……私は、守れると……思っていたのに……)
心の奥に、黒い影が滲む。
(私がいなければ、誰が……)
(違う。私がいたから、もう取り返しがつかない……指示を出さないと……)
「っ……あぁ……ぁ……!」
堪えていたものが、崩れた。
それは、騎士の威厳でも、将としての誇りでもない。
ひとりの“女”として、背負ってきた――孤独で重たい責任。
(……ごめんなさい……父上……)
(私には、やっぱり――)
泣きそうだった。否、もう涙は頬を伝っていた。
人知れず、静かに、ひとりきりで――
自分の無力を、呪っていた。
アメリアの真っ直ぐなその心が、砕けかけた――そのとき。
⸻
「アメリアァァーー!!」
その声が、絶望に沈む意識に刺さった。
振り向くと、そこにジョーがいた。
息を切らし、必死の形相で走ってきている。
「馬鹿野郎ッ!何しに来たんだッ!!」
アメリアは怒鳴った。声を張る余力などなかったが、それでも叫ばずにはいられなかった。
「お前、村に避難をっ……!!」
その瞬間――
オルデンベアが、勝利を確信したかのように、咆哮を放つ。
耳が裂ける。
心が凍る。
空気が震える。
「バール!!」
ジョーが叫ぶ。
「どうしたら良い!? 俺に……何かできることはないのか!?頼む!!」
「……まったく、手のかかる主じゃ……」
バールの声は少し呆れ気味だったが、すぐに鋭さを帯びる。
「よいか、お主。“勘定”じゃ。女騎士を“見ろ”。目を使え」
「……っ!」
ジョーの目が、金の光を帯びる。
“勘定の目”が発動した。
アメリアの頭上に、文字列が浮かぶ。
《年齢:30歳/レベル:2》
《成長限界:S-》
《職業:騎士長、地方監督官》
《体力:29/147/魔力:51/113/精神:12/130》
《技能:裂空剣/号令/逆境陣形/魔刃制御》
《適性:剣術S/指揮A+/戦術A/行政管理C+》
《魔法適性:風A+/雷B+》
《現在状態:重傷/士気:動揺》
「……すげぇ……女騎士長は伊達じゃねぇ……!」
「いいか、次じゃ!“P2P契約”を使え。この場で雇用契約を結ぶんじゃ!」
「契約……!? こんな状況で――!」
「やるんじゃよ!! そしたら“神貨”を注げ!アメリアの得意分野に資金を“強化”としてブチ込むんじゃ!!」
「わ、分かった!!」
ジョーは歯を食いしばり、前へと駆け出す。
眼前では、アメリアが血を吐き、膝をついていた。
もはや、立ち上がることすら困難な状況――それでも、剣を手放さずにいたその姿に、ジョーの胸が締め付けられる。
「アメリア!雇用契約を――俺に力を貸してくれ!!俺が“何とかする”!」
「お前……何を言って――っ!!?」
困惑するアメリア。
だが、その目に、僅かな光が射し込んだ。
「よいか、ジョー! とにかく、女騎士に了承を取り付けるんじゃ! “口約束”だけでええ、それで魔法契約が発動する!!」
「アメリアっ!!」
ジョーの叫びが、血のように滲んだ空気の中を貫いた。
「……俺に、賭けてみてくれ……! この場を乗り切るために、あんたの力が必要なんだ!」
アメリアの目が、ジョーを捉える。
……弱くて、無力で、それでも、前に出ようとするその姿に。
アメリアは、震える手で、ジョーの手を取った。
「……ふざけた提案よ、ほんと……っ。けど……もう、他に手はないものね……」
その瞬間――。
金色の契約式が、ジョーの手から放たれた。
大量の神貨がアメリアへと流れ込み、アメリアの《体力/魔力/精神》《剣術、魔法》適性へと、注がれていく。
そして――
世界が、少しだけ、動いた。
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