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オルデンベア

◆森の奥、忘れ去られた祠の前


「……ここだ」


ジョーが指差した先に、それはあった。


苔に覆われた石段。その先に、崩れかけた石造りの祠が静かに佇んでいる。

屋根は半ば落ち、蔓が絡みついている。まるで、森そのものに呑まれたような光景だった。


「……ここで、俺は“バール”と会ったんだ……」


小声で呟くジョーの脳内で、バールがふん、と鼻を鳴らす。


「懐かしいのう、ワシの古巣じゃ。まあ、もう二度と住みたくはないがな」


アメリアとハンターリーダーのガルドは、周囲を警戒しながら歩を進める。

地面には明確な爪痕、そして巨獣のものと思われる踏み跡がいくつも残されていた。


「……これだ。これを見て、俺たちは戻った」

ガルドが、倒木に深く刻まれた爪痕を指差す。


「裂け目の深さ、幅……これはクマ系か? いや……違うな。デカすぎる」


アメリアはしゃがみ込み、指をその爪痕に当てて計測する。


「……人間の頭部が丸ごと収まる。仮にこのサイズの個体が“狂って”いた場合……村は一夜で終わる」


部隊の誰もが、ごくりと唾を飲む。


そのとき。


「――誰か、いるのか……?」


祠の奥、崩れた石壁の陰から、微かに人の声がした。


アメリアが即座に反応し、剣を抜いたまま駆け寄る。


「名を名乗れ! こちらは王都派遣の監督官、アメリア・グレイスハルト――!」


「っ、助けてくれ……俺は……ジノ。ハンターの……」


石の影には、深手を負い血まみれの男が倒れていた。

息は荒く、右肩から腹にかけて傷が出来ている。


「ジノ……! お前、生きてたのか……!」


アメリアはすぐに片手をかざし、簡易の治癒魔法を詠唱する。


 「《アール・リペラ》……傷よ、癒えよ……」


青白い光がジノの体を包む。血の流れが緩み、呼吸が安定する。


「……魔獣だ……いたんだ……俺たちが見たのは……あれ……“オルデンベア”……多分、間違いねぇ……」


「他の者は……?」とアメリアが問いかける。


ジノは、静かに首を振った。


「……バラバラに逃げた。あいつが……出てきて……咆哮で、皆が一瞬……止まって……その隙に……俺がやられて……」


そして――


――グオオオオオオォォォォオオオオッ!!!!!!


森の奥深く、腹の底を震わすような異様な咆哮が、響き渡った。


空気が振動し、木々の枝がざわつく。


全員が一斉に武器を構えた。アメリアの顔も、瞬時に険しくなる。


ジョーの背中に、冷たい汗が一筋流れた。


(……これ、マジで……ヤバいやつじゃね?)


バールの声が静かに響いた。


「“喰らう者”か……懐かしい名じゃのう。さて、どうするジョー? 」


誰かがポツリと呟いた。


「……近い……」


その言葉が発されたのと同時、アメリアの声が鋭く響く。


「全員、戦闘準備!! 隊列は第二―魔術士は左後衛へ!」


苛烈な空気を断ち切るような、明瞭な指示だった。

隊員たちはその声に背筋を伸ばし、動揺しそうになる心を押さえ込むように装備に手を伸ばした。


(“恐怖に飲まれる前に動かす”――そう判断したか。見事じゃな)

ジョーの中でバールが感心したように唸る。


「お、俺は……ジノさんと祠に隠れてるから……!」


ジョーが声を上げると、アメリアは振り返らずに叫んだ。


「わかった! お前はその者を見ていろ!

我々が戻らなかった場合は、急いで村に戻り、皆に避難を呼びかけるんだ!」


(くっ……なぜ、このような任務序盤で……!まだ人も物資も揃っていないというのに――)


アメリアの眉が僅かに寄る。だが、その足取りに迷いは無い。

部下たちに合図を送り、咆哮が聞こえた方向へと向かっていく。


その背中を見送りながら、ジョーは小さく呟いた。


「いや、こえーよ……オレが戦うとか、あり得ねーよな…オレはそういうのじゃないんだから……」


---


肩を貸して、傷の癒えたジノを祠の奥へ運び込む。


そのときだった。


ジノの頭上――

空間に“何か”が浮かび上がった。


文字列、記号、パラメータ、見慣れたフォントと色彩。


《年齢:39歳/レベル:1》

《成長限界:C-》

《職業:狩人》

《体力:17/52/魔力:9/9/精神:8/56》

《技能:精密射撃・追跡術》

《適性:狩猟B-/野戦C》

《魔法適性:火F/水B+》

《現在状態:重傷(治癒中)/士気:低》


「あー、バール?なんかこのおっさんの頭の上に、めっちゃRPGっぽいのが浮かんでるんだけど」


バールの声が、嬉しそうに響いた。


「おっほっほっほ! 気づいたか!ついに“目”が開いたのじゃな!それこそが儂がくれてやった能力――“勘定”のスキルに宿った“目”の力よ!」


「……目? あれ?前にもなんか言ってた気がするけど、あれって本当に魔法だったのか?」


「うむ。魔法では無く、"スキル"じゃ!どうやら、お主のスキルと儂の能力が混ざり合い、『価値を読む目』として根付いたらしい。価値を見極めたいものに意識を向けた瞬間に、その"もの"の“資質”や“評価”、

果ては成長の伸びしろまでが見える……まさに、人材の鑑定眼(アセスメントアイ)じゃ!」


「うわ、名前めっちゃ厨二くさい……」


「うるさい!格好いいじゃろうが!それにめちゃ、珍しいスキルじゃぞ!!もっとありがたみを感じんかい!」


ジョーはジノの頭上に浮かぶ情報を、ぼうっと見上げながら呟いた。


「え……ってことは、今なら誰でも?」


「見えるとも。レベル、職能、成長性……見ようと思えば、あらゆる“数値”と“可能性”がその"もの"の上に現れるじゃろう」


「……なにそれ。めっちゃ便利じゃん」


「使いこなせれば、の話じゃがな?」


ジョーは思わず笑った。見えたステータスが強いかどうかなんて、今は分からない。でも――“見える”というだけで、自分が“役に立てる”可能性が生まれた気がした。

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