女騎士の苦悩
◆騎士:アメリア・グレイスハルト
――まったく、どこから手を付ければいいのか。
農耕改革か?
いや、まずは畜産――いや、それ以前に耕作地の整備と水源の確保が先か?
それとも、王都からの次回の移民便に備えて、住居の整備か?
特産品の育成か?鉱石や魔鉱の採掘か?
それとも、村の交易路の開拓が先決……?
……駄目だ。考えが、まとまらない。
私は“騎士”としては優秀…だと思う…
王都の騎士団でも、戦闘成績は常に上位。
剣術も、魔法も、人並み以上に鍛えた。
努力すれば結果はついてくる――そう信じて、生きてきた。
でも、今の私は?
畑の肥料ひとつにすら、適切な判断ができない。
村人の生活を守るための答えを、何ひとつ導き出せない。
本当は……誰かに聞きたい。
王都の学士にでも、商会の人間にでもいい。
「私は何から始めれば良いのか」と――。
だけど私は、“監督官”。
王国から“任されている”立場。
「分かりません」では、済まされない。
部下たちは皆、私の顔色をうかがう。
誰も、私に本当の意味で相談などしてこない。
私が“完璧”であることを、暗に求めてくる。
……もう、背負えない。
なのに、誰にも言えない。
騎士の誇りも、責任も、覚悟もある。
だけど、私は……
私は、ひとりでは――。
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……そんな折に、現れたのが――あの怪しい男だった。
今日もまた、何の役にも立ちそうに無い男を慈悲で拾ってしまった……
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◆村の一角、小さな宿舎の一室――
湯気の立つスープの器から、肉と野菜の香りが立ちのぼる。
俺は、がっつくようにそれに喰らいついていた。
(うめぇ……! 温かい……!)
スプーンを使う余裕もなく、器に口をつけて一気にすすりこむ。
喉を通る温もりが、全身に染みわたる。
目の前のテーブルには、粗末ながらも整えられた食器と水、そして座ることなく立ったまま見下ろしてくる女騎士――アメリア・グレイスハルトがいた。
「……よほど空腹だったようだな。三日か、四日……いや、それ以上か」
アメリアの瞳が鋭く俺を観察する。
「野良仕事には向かん体格だな……。骨も細い。腕も細い。……腕力は…ないな」
喰らいつく俺を、どこか憐れむような視線が刺さる。
(仕方ねえだろ……三日も森で迷って、死にかけだったんだ。筋肉なんて削れるに決まってる)
「名前はジョーだったな。とりあえず、話を聞かせてもらおう。お前は……どこの出身だ? なぜこの辺りに来た?」
スプーンを口に運ぶ手を止める。
「いや、正直なところ――分かんねえ。気づいたら森の中で、人里を探してたら……ぶっ倒れてた」
「……ふむ。つまり放浪者、あるいは記憶喪失か。それとも、どこぞの廃村からの流民か……何か出来ることはあるか?」
「ん? 力仕事か? ……悪いけど、何もできねーよ」
アメリアの表情が、わずかに曇る。
(……やはりか。この身体じゃ、木一本運べん。戦うにも、農作にも足手まといか……森で行き倒れるほどだ。頭脳にも期待はできんか……)
「……何か得意なことはないのか? なんでもいい。動物を扱える、薬草に詳しい、地図が読める……そういう何かは?」
「んー……」
俺は器を置き、ちょっと考えてから答えた。
「金勘定は得意だ」
「金勘定……か」
アメリアは腕を組み、少しだけ眉をひそめる。
(今この村に必要なのは“人手”だ。建て直すには畑を耕す手、狩りに出る足、家を直す腕が要る……金じゃ腹は満たせんし、貨幣経済が浸透していない辺境で“計算”が得意とは……)
「……そうか。分かった。とにかく今は安静にして、体力を回復しろ。それから……」
「ん……あっ!」
俺は、食事の途中で思い出したように顔を上げる。
「助けてくれて――本当にありがとうございました!」
アメリアは一瞬だけ目を見開いたが、すぐに視線を逸らした。
「……感謝の言葉など…それよりも食った分は働いて貰うからな」
久しぶりの温かいご飯、ジョーにとって…――その声はどこか柔らかかった。