金はあっても使えない
◆森の探索と飢えとの戦い
「おいジョー、まずは食料だ。金があっても餓死じゃ話にならん」
「うるせぇよバール……それを今探してんだろ」
契約成立以降、こいつは常に俺の脳内にひっきりなしに話しかけてくる。しかもほとんどがくだらない。
「その木の根、掘ってみ? 芋が埋まってるかも」
「葉っぱはな、白い斑点があるやつはヤバい。下痢になる」
「それ食って死んだやつ、ワシが生前に500人は見とる」
適当に木の実を口にした結果、あやうく気を失いかけた。
「お前の知識、どんだけ役に立たねぇんだよ……」
「貴様の耐性が低すぎるのだ」
空腹と疲労、そして寒さ。
気力を絞って歩き続けるうち、森の中に一本の道を見つけた。
「バール。この道……人が通った跡か?」
「ふむ……昔、ワシが知っておる村があった方角じゃな。だが数十年は経っておる」
道なき道を進み、山の尾根を越えると、そこにはかつて人の営みがあった痕跡――
……瓦礫と、蔦に飲み込まれた家々。完全な、廃村だった。
「……マジかよ」
畑は草に覆われ、井戸も崩れている。
獣の足跡と、鳥の巣しか見当たらない。
それでも、何かを信じて、朽ちかけた倉庫をこじ開けた。
中には干からびた穀物袋。粉塵のようになった豆。
棚に掛けられていた干し肉らしきものは、すでにカビと虫の巣。
――結局、三日間。
俺は森を彷徨い続け、水だけで命を繋いだ。
体力は底を突き、足元はふらつき、まともに歩けなくなった。
「……クソッ……金なら……あるのに……!」
最後の力を振り絞って、森を抜けた。
丘を越えたその先に、かすかに煙の匂い――人の営みを感じた。
⸻
◆女騎士との出会い
「……た、すけ……」
力尽きて、地面に倒れた。
次に意識が戻った時、視界には甲冑の膝と、金属の音。
誰かが俺の身体をひっくり返すように抱き起こしていた。
「……生きているな。だが、異様な装束……」
耳元に響くのは、芯のある、凛とした女性の声だった。
顔を上げると、そこにいたのは、漆黒の軽装鎧を身に纏った長身の女騎士だった。
長い栗色の髪を後ろで束ね、鋭い目で俺を見下ろしている。
「名前は? どこの者だ? 何の目的でこの村に?」
「お、おれ……ジョー……そこの……祠で……」
「祠……?」
「……腹、減った……」
「……はあ。いいだろう、まずは飯だ。質問は後だ」
女騎士は腰の袋から乾パンのようなものを取り出し、俺の口に突っ込んできた。
(パサパサだけど……うめえ……)
涙が出るほど、うまかった。
そのまま、彼女の背に背負われて、小さな村へと運ばれていく。
その道すがら――
「……ジョー。こやつ、美しいのう。強くて、気が利いて、ええ女じゃ。婿に行け」
「黙れ…バール……」
脳内で勝手に盛り上がるバール・マモノスの声にうんざりしながら、
俺は小さな、だが確かに“人の匂い”がする村の門をくぐった。