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ガンツロック

◆ ドワーフのガンツロック


南の山脈に沿って、岩肌の道をさらに半日ほど進んだ頃だった。


「あれ……?」


最初に気づいたのはジノだった。

山の斜面に、小さく整然と並ぶ建物群が見える。

まるで岩に刻まれたように、人工的な石造りの屋根が斜面のカーブに沿って続いていた。


「おいジョー、見ろ……あれが“ドワーフの街”じゃねぇか?」


「……うわ、なんか……地味だけど、ゴツい……」


挿絵(By みてみん)


そこにあったのは、“城”でも“神殿”でもなかった。

だが、圧倒的な重厚感があった。


山肌の中腹に口を開けた岩門。

門の上部には鉄と石を組み合わせた“斜め刻み”の装飾が施され、古代文字のような印が刻まれている。


その門から奥へ伸びる通路は、地下へ続く通気口のような構造になっており、微かに赤い光が漏れていた。

風とともに、金属を打つ音が響いてくる。


「……こりゃ、まだ現役で鍛冶やってる連中がいるっぽいな」


ジノが目を細める。


建物は全体的に石造りで、装飾よりも実用性が優先されている。

無駄がなく、どこか閉鎖的で、外からの干渉を嫌うような設計。


「……まるで、要塞みたいだな」


アメリアが小さく呟いた。

それはまさに、山そのものを“家”にしたような、頑丈で無骨な“街”だった。



ジョーは思った。

ここでなら――あの剣も、鍛え直せるかもしれない。


だが同時に、バールの声が脳内でささやく。


『ふぉっふぉっ、無口で頑固で、偏屈で仕事にうるさい……それがドワーフじゃ。交渉は慎重にな』





◆ アメリアの直談判


街の入り口――大岩を削って作られた石門を抜けると、ひんやりとした空気に包まれた。

内部は思いのほか広く、外から見えたよりもずっと多層的で入り組んでいる。


道沿いに露店のような鍛冶場がいくつも並び、炉の熱気が立ち昇る。

鋼を打つ音がリズミカルに鳴り、通る者の手には皆、何かしらの道具があった。


「うわっ、めっちゃ見られてる……」


ジョーが肩をすくめながら呟く。

確かに――すれ違うドワーフたちが一様に、目を丸くしてこちらを見ていた。

目線はアメリアの金髪と鎧、そしてジョーとジノの異国的な服装に注がれている。


「ニンゲンじゃねぇか……ひさびさに見たなぁ……」


「しかも三人も……旅か?使節団か?いや、騎士かあれ……?」


ひそひそと好奇の声が飛び交う。


アメリアは気に留める様子もなく、街の通りを真っ直ぐ進んだ。

その背に、「ヴァルクレス」の異名を持つ女騎士としての威厳が自然と滲み出ていた。


街の中心、ひときわ大きな庁舎のような建物の前に立ち、衛兵らしきドワーフに声をかける。


「私は"監督官" アメリア・グレイスハルト!! この街の代表者に会いたい!」


衛兵は怪訝な顔をしながらも、アメリアの姿勢と語調に圧され、すぐに通達に走った。


――


しばらくして、半地下の議場へ通される。


そこには、ひときわ大柄で、髭を二重に編んだ老人ドワーフが腰掛けていた。

威圧的というより、岩のように“動かぬ意志”を感じさせる人物だった。


挿絵(By みてみん)


「……ほう。ニンゲンの騎士とは珍しい。名を聞こうか」


「私はアメリア・グレイスハルト! 王都より派遣されし監督官であり、辺境の村の現統括だ」


「ふむ、儂は"鋳王(フォージロード)"フラムゼル。 用件はなんじゃ? ニンゲンの騎士よ」


アメリアは一歩進み、真っ直ぐに鋳王の目を見据える。


「村を再建している。だが――人材が足りない。

 あなたたちの“技術”が必要だ。鍛冶師を、村に派遣してほしい」


議場がざわめく。


ドワーフの街の者たちは、ニンゲンからこうも直球で頼みごとをされるとは思っていなかったのだろう。


だが、アメリアの瞳は揺るがなかった。


「私の剣も、もう限界に近い。

 新たな武器が必要だ。技術の力を貸してほしい――村と、この地の未来のために」


「ニンゲンの村に行くことで、儂らが得られる益は?」


静まり返った議場の中で、鋳王フラムゼルがゆっくりと問いかける。


アメリアは一歩前に出て、まっすぐに答えた。


「……村には、衣食住を用意する。安全な住まいと、新鮮な食料、清潔な水もある。

 人々の感謝と敬意も、きっと得られるだろう」


「ふむ……」

鋳王は腕を組んでうなずく。


――しかし、次の瞬間、表情を微妙に歪めて言い放った。


「……だがそれは、ここにもある」


「……っ」


(そりゃそうだよな……ここ、ふつーに栄えてるし……)


「……では、金銭をお渡しする!」


その瞬間、横で控えていたジョーが「おわっ」と声を漏らした。


(おいおい!それ俺のビットコインじゃねーだろうな!?)


だが鋳王は、アメリアの申し出を鼻で笑う。


「貨幣か……悪いが、儂らには不要じゃ。

 ここでは鋼が価値であり、火が通貨じゃ。

 燃やして価値を生まぬ紙きれや、意味のわからん金属に用はない」


「っ……!」


アメリアが、あからさまに言葉に詰まった。

もともと交渉術など心得ていない。実直な性格が裏目に出てしまった形だ。


その様子を見ていたバールが、ジョーにぼそぼそと呟く。


『ほれ見ろ、女騎士じゃダメじゃ。筋は通せても話が通らん』


(うるせぇ……じゃあお前がやれよ……)


『欲しい物は安く、売りたい物は高く――

経済の極意は、言葉で価値を操ることじゃ。

さあ、交渉の舞台に立て。前に出るのじゃ、ジョー』


(交渉って…ドワーフが欲しそうな"モノ"……"価値"……)





◆ 剣に込められた想い


交渉の場に、重い沈黙が落ちた。


アメリアは、拳を強く握りしめたまま一歩踏み出し、静かに頭を垂れる。


「では……せめて、この剣を。

 もう一度、戦えるように……鍛えてはくれぬか」


フラムゼルの眉が動いた。彼は無言のまま手を差し出す。


アメリアは、腰に下げた愛剣をそっと抜き、両手で差し出した。


刃身には無数の細かなひび。歪んだ刃先。そして何より、魔力の流れを導く“魔芯”が黒く焦げ、剥き出しになっていた。


ドワーフ長がそれを手に取った瞬間、周囲の空気がピンと張り詰めた。


「……これは……」


ざらついた指先が刀身をなぞり、目を細める。


「ここまで、剣を使い潰すとは……

 魔芯は焼き切れ、刃は裂け、鋼は干からびておる」


彼は黙って剣を見つめ続けた。


やがて、ため息まじりに口を開く。


「修復は……無理じゃな。

 これはもう、剣としての寿命を迎えておる」


アメリアは、その言葉に目を伏せ、拳は震えていた。

諦めきれない。共に戦った剣を、まだ手放したくなかった。


ジョーがぽつりと呟く。


「……オルデンベアとの死闘の痕、か……」


バールの声が、ジョーの脳裏に響く。


『ふぉっふぉ、あれは魔獣との闘いじゃったが、武具との戦いでもあった。 

極限を超える戦いとは、使い手と武具、どちらが先に折れるかの勝負でもあるからのう』


ドワーフ長はアメリアの顔を見て、言葉を重ねた。


「使い手の魔力に耐えられぬという事じゃ、

 “魔芯”だけを取り替えても、再度同じ様な扱いをすればまた壊れる。 お主の力量に合わせるならば全てを"魔鉱石(ミスリル)"で新造するのを勧めるぞ?」


「ならばっ……!」


アメリアの声に、わずかな希望がにじむ。


だが、ドワーフ長は首を横に振った。


「……持っておるのか?」


「いや……」


アメリアは悔しげに唇を噛み、そっと首を振った。


鋳王フラムゼルは椅子に深くもたれ、重い息をついた。


「……ここ数年、鉱山からミスリルが出んのじゃ。

 完全に枯れたわけではなかろうが、掘っても掘っても反応なし。

 我らドワーフですら、装備の維持で精一杯よ」


アメリアは剣を両手に戻し、胸に抱えた。


「……剣とは、我が手足にして、我が盾なり。

 願わくば、もう一度――共に戦いたい」


「打ち手としてその願いは叶えてやりたいと思うが…」


鍛冶場に、再び沈黙が落ちる。


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