3人での旅路
◆療養室にて — 副官の治癒と復帰
療養室の一角。寝台には、オルデンベアとの激闘で重傷を負い、未だ動けぬままの盾兵——アメリアの副官が横たわっていた。
アメリアはゆっくりと手をかざし、簡易治癒魔法を発動する。
「《ヒール・ライト》」
うっすらとした光が盾兵の傷口に触れ、痛みを和らげていく。
だが、完全な回復には程遠い。
「……やはり本職の治癒師がいなければ、骨の深部までは……」
その様子を後ろから眺めていたジョーが、何かを思い出したように口を開いた。
「……バール。これ、課金したら何とかならない?」
『ふむ……効率は良くないが、無理やり神貨を流し込めば、上位魔法に置き換えることはできるぞい』
「OK、それでやってみよう。盾さん、俺にもちょっとやらせてくれ!」
ジョーがアメリアの手に自身の手をかざすと、光が突如、まばゆく弾けた。
「《リカバー・ブースト》──!」
強烈な治癒の光が盾兵を包み込む。骨の軋みが消え、皮膚が再生し、筋肉が引き締まる。
「なっ……!? 今の魔法……まさか、上位回復魔法か!?」
アメリアの目が大きく見開かれ、盾兵も驚愕の表情で身を起こした。
「うおお……身体が、軽い……!? な、なんだこれ……!」
ジョーはきょとんとしていた。
「えっ? すごかったの? なんか無理やり神貨ぶち込んだだけだけど……とにかく、盾さん、良かったな!」
アメリアは言葉を失い、少し呆れたように苦笑い。
「ははは…お前という男は……ほんと、時々とんでもないことをやらかすな……」
こうして盾兵は即座に復活したが、ジョーのウォレットには"0.7BTC減”という冷たい事実だけが残った。
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◆旅立ち、そして平和な道中にて
南の山脈――そこに、かつてドワーフたちが街を構えていたという話を聞きつけたアメリアとジョーは、村の代表としてジノを案内役に加え、早朝、ゆるやかな朝霧を抜けて街道へと踏み出していた。
荷馬車の前方には老馬“トコトコ号”。毛並みはくすんでおり、年季が入っているが、実直な性格でよく働く。
その背後には、荷を積んだ車輪付きの荷台。そして徒歩で脇を歩く三人組。
獣の気配も薄い“交易街道”は、このあたりでは安全な部類だった。
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「騎士様とジョー、仲いいよなあ。朝からずっと喋ってるし」
「別に……普通だ。監督官と補佐?の間柄だぞ」
「補佐……。っていうか、疑問系なんだな……」
「そういえば、ジョーの言葉遣い、妙に“王都っぽい”んだよなあ、騎士様?」
「それは否定しない……が、あいつは本当に“素人”だ。 村で働き始めた初日、鍬の使い方も逆だった。 以前、居た所ではどうやって飯を食っていたんだか…」
『ふぉっふぉ、そうじゃそうじゃ。しかも今は戦闘もできん、剣も振れん。あるのは“妄想”と“金”だけじゃ』
『いやその言い方おかしくね!?』
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風は心地よく、街道沿いの草原には揺れる花々。
やがて老馬の背中から、鼻を鳴らす音が響いた。
「しかし、ドワーフか……爺さんの世代じゃ、交易しとったと言ってたが。どこへ行ったんだろうな」
「追い出された、とか? 山に帰った?」
「それとも、姿を変えてどこかの街で溶け込んでいるのか……」
「ふん……偏屈な奴らじゃ。儂が生きてた頃にも、勝手に引きこもって鍛えて、勝手に酔って、勝手に喧嘩しとったわ」
「……それ、今の人間と変わらなくねぇか?」
「むしろ、いまの騎士団より人間らしい気がするな」
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そして、ふと空を見上げる。
澄んだ青のキャンバスに、鳥が一羽、静かに弧を描いていた。
「……なんかさ。こうやって歩いてると、旅って感じするよな」
「ジョー。旅は今してるんだが」
「……そっか。そうだった」
『せめて旅費の元は取れよ? 儂は0.7BTCの負債を忘れてはおらんからの……』
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◆野営地にて
ジノが“トコトコ号”に干し草を与え終えると、皆が焚き火の周りに集まった。ぱちぱちと音を立てる炎に照らされ、アメリアの顔に淡い影が揺れる。
「なあアメリア。……なんで、騎士になろうと思ったんだ?」
ジョーの問いに、彼女は少し驚いたように眉を動かし、視線を炎に戻した。
「……私の母は、元騎士だったんだ」
「おお……」
「でも、私がまだ幼い頃に命を落とした。任務中だった。……その日からだよ、騎士というものが、どうしようもなく“遠い存在”に見えたのは」
しばらくの沈黙が火の音に溶けていく。
「母の剣と鎧は、家に残されてた。それを見るたび、強くなりたいって思った。……母のように、誰かを守れる人になりたいって。ずっと、そう思い続けてた」
ジョーは枝で地面をかきながら呟いた。
「そういう“想い”が原動力だったんだな……」
「ああ。士官学校は……地獄だったよ。訓練も、評価も、戦術講義も、全部。投げ出したくなることも何度もあった。でも、逃げたらあの背中に届かなくなる気がしてさ」
ジノが静かに頷きながら、器用に小枝を削っていた。
「すげぇな……俺なんて、親父に『肉の捌き方がなってない!』って怒られて狩りの道に入ったクチなのに……。深ぇ……」
ジョーは少し目を細めて火を見つめた。
「俺なんか……目標数字に追われて、怒鳴られて、真夏にスーツ着て走り回って、上司や客に詰められて……それで、やっとの週末休みは寝て過ごして……。そういう世界だったな」
「その結果、いまのジョーがあるんだろ?」
アメリアが優しく言った。
「……まあ、結果的には。偶然が重なって、こうして転生……して、今は農民?」
「いや、今はアメリア様の下僕だろ? あと……トコトコ号の餌やり係?」
ジノが笑いをこらえながら言うと、焚き火の周りに小さな笑いが生まれた。
ジョーは焚き火を見つめながら、ジノの方にちらっと視線をやる。
「ジノ、お前……そのうち俺の代わりに全部やってくれねぇ?」
「おいおい、俺は狩り専門だって。でも、まあ雑用ぐらいなら……飯も作れるしな、俺」
「それ雑用じゃなくて万能じゃねえか。……もうパーティメンバー確定かもな」
火を見つめながら、アメリアがふっと笑った。
「……こういう夜が、ずっと続けばいいのにな」
「ほんとそれな」
やがて、星の海の向こうに、夜の闇を裂くような稜線が浮かび始めた。
それは南の山脈──ドワーフたちが住むと言われる街の方向だった。
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