現状把握
風が、村の小道を吹き抜ける。
村の治療院の前、木製のベンチに並んで座る二人の姿があった。
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アメリアと、ジョー。
静かな朝の中、互いの言葉を待つように、しばし無言の時間が流れる。
「……お前」
先に口を開いたのはアメリアだった。
騎士然とした凛々しさに、どこか探るような視線を乗せて。
「何だよ、改まって」
「お前は……あの時、何をした?……あれは一体、何なんだ?…魔法?だったのか?」
ジョーは口を閉じ、曇った空を仰ぐ。
「……正直な話、俺もよく分かってねぇ」
「……?」
「というか……前置きが必要かも」
ジョーは頭を掻きながら、ぽつりぽつりと前世からの現在までの経緯を語って聞かせた。
「……刺されて、死んで?」
「ああ。次に目が覚めたら、森の中だった。腹も減ってたし、喉もカラカラで……最初は何がなんだか分からなかったよ」
「……」
「それで、森を彷徨ってるうちに“祠”を見つけて。中に入ったら、いたんだよ。幽霊が」
「幽霊……」
「自分では“賢者”だとか、“知の化身”だとか名乗ってたけどな。そいつと契約を結ばされた。というか、気付いたら取り憑かれてた」
ジョーは肩をすくめる。
「で、あの時にアドバイスを貰って、《《契約魔法》》を、俺とアメリアで結んだって事みたい」
「…なんなのだ一体……前の世界?刺されて死んだ?信じられん…」
「でも嘘は言ってないぞ?」
アメリアは額に手を置きつつ、自身に言い聞かせるように次の言葉を紡ぐ。
「…とりあえず、わかった…では、その契約魔法の事を"亡霊"に教えて貰えないのか?」
「バール、説明出来る?」
「説明も何も、この前言うた通りなんじゃが…まあよいわ」
俺はアメリアとの契約魔法の内容をバールから聞き、アメリアに伝えた。
「《《雇用主》》と《《被雇用者》》?…つまり私はお前に雇われたのか?」
「そうなるみたいだな」
「はぁ…訳が解らないな…ちなみに、すてーたす、というのは今も見えるのか?」
「ああ、見えるぞ」
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《アメリア・グレイスハルト(被雇用者)》
《年齢:30歳/レベル:3(仮)》
《称号:雷の戦女神》
《成長限界:S(仮)》
《職業:騎士長、地方監督官》
《体力:229/229(仮)/魔力:183/183(仮)/精神:202/202(仮)》
《技能:裂空葬剣(仮)/号令/逆境陣形/雷風刃装(仮)》
《適性:剣術SS(仮)/指揮A+/戦術A/行政管理C+》
《魔法適性:風S+(仮)/雷S(仮)》
《現在状態:健康》
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「おっ!アメリア!レベルが上がってるし、カッコ良い称号が付いてるぞ!…ていうかやたらと仮ばっかだな」
アメリアの眉がぴくりと動く。
「れべる…称号…。仮とは何だ?」
突然、ジョーの脳内に老獪な声が響く。
「なに、アメリアの称号とステータスが“仮”なのは当然じゃ。
あれは神貨を使った一時的な強化、いわば《《借金》》よ。
その力を真に自分のものとするには、鍛錬を積み、魂を磨き続けねばならん。でなければ、時が経てば消え失せる。そうなれば投資失敗!損切りじゃわい。ガッハッハッ!」
ジョーは、脳内に響いたバールの言葉を咀嚼し、アメリアに伝えた。
「つまり……あの力は《《仮初め》》ってことらしい。俺が注いだ神貨で、一時的に強化されたステータスであって、アメリア自身が鍛錬を続けなきゃ、いずれ元に戻るってさ。借り物の力ってわけだ」
アメリアは小さく息を吐き、真剣な眼差しで頷いた。
「それと、バールの話では《《雇用主》》である俺にも、お前の能力の一部が還元されてるらしい」
「……つまり、使えない主と、使い捨てられる部下ってことだな」
「言い方!」
アメリアがふっと笑った。
「まあ、時間もないしな。信じる信じないじゃない。行動あるのみだな」
「……時間がないって?」
「魔獣が人里近くに現れるなんて、そうそうある話じゃない。
つまり、原因がある。
魔力の漏出、結界の崩壊、何かが《《起きている》》、事態の調査が必要だ」
「なるほど……」
「という訳で、村で何の役にも立たないお前に、仕事をやる」
「えー、俺には畑が待ってるんだけどなあ」
「お前以外に祠の道を知ってて、かつ暇を持て余してる人間はいない。
よって、決定」
「裁判もなしで有罪!?くそぉ……」
ジョーは頭を抱えた。
だが、同時に瞳の奥に、小さな使命感が灯っていた。