第2話「サイボーグ、です。でも、ご飯は、食べます」第七世代サイボーグ・シャテルロ爆誕!
本日のモンスター予報が警戒を示す場所、それは住宅地付近まで流れる河川エリアだった。
モンスターは地形に応じたタイプが出やすいけれど、こういう水場に出てくるのは苦手な奴が多いからなぁ…なんて思っていたら、それは見事的中してしまった。
「…ビッグスライム、かぁ…うーん、私だと分が悪い…」
河川敷の砂利の上でもにょもにょとうごめいているのは、水色で半透明の体を持つ、コンビニのテナントを二階建てにしたような大きさのスライムだった。
その体の中心にはコアを思わせる透け感のない青色の宝石があって、ようはそれを握りつぶすなりして壊せば勝ちなんだけど。スライムは体内に獲物を取り込んで消化吸収するように、今のところパンチとキックがメインの私には厄介な存在だった。
(全力で飛び蹴りを放って体内に切り込み、消化される前にコアまで泳いで到達、それを握りつぶす…これしかないか? でもなぁ…パーカーはともかく、制服が溶けるのはまずいし…)
この都市迷彩が施されたアッシュグレーのパーカーは『協会』から安く調達できるので、最悪消耗してもいい。だけど制服が消耗すると通学に支障が出るし、溶かされる前に決着をつけられる確証もなかったので、私は橋の上からスライムを眺めつつどうすればいいのかを思案していた。
「第七世代サイボーグ『シャテルロ』、ターゲットを確認しました。これより、戦闘開始を開始。サイ・アーム起動、ミサイルランチャーを使います…パンの人、危ないから、下がってて」
「…え? あ、シャテルロ…ちょ!? いくら避難が終わっているとはいえ、ここでミサイルは…うわっ!」
覚悟を決めかねていた私の頭上から、淡々とした声が聞こえてくる。
そちらを見上げるとVRゴーグルを思わせるヘッドセットで目元を覆い、背中に戦闘機のコアみたいな武装ユニットを背負っている少女…『サイボーグ』でヒーローのシャテルロが空を飛んでいた。
そして彼女が河川敷にいるスライムを確認するやいなや、背中に装着された武装ユニット…『サイ・アーム』が展開を開始、ヴァイン!という音と同時に二門の重機関砲、ついでミサイルランチャーも二門起動し、黒いショートヘアの少女と武装のどちらが本体なのかわからないサイズ感となった。
その全長は目算で3m以上、幅は武器も含めて5mはある。そして彼女は躊躇なくミサイルを発射し、スライムが攻撃に気づいたときにはもう着弾していた。
ドグァッ!と轟音が鳴り、スライムがいた場所は爆煙に包まれる。幸いなのは全弾を撃ち込まなかったことで、仮にすべて発射していたら私がいた場所も危なかったかもしれない。
「任務、完了」
「…いや、まだだ! 分裂して逃げ込もうとしてる!」
煙が晴れると大きなスライムはいなくなっていた…けれど、どうやら攻撃を受けたと同時に分裂することで消滅は免れたらしく、バランスボールほどの大きさに分かれたスライムたちが川へと逃げ込もうとしていた。
おそらくは水に紛れて逃げつつ水分を補充、また合体して元の姿に戻ろうというのだろう…こうしたギミックがあることも、私がこいつらを苦手としている理由だった。
「でも、このサイズなら…はっ!」
しかし、これくらい小さくなれば私でも対処ができる。
河川敷に降り立った私は手近なスライムを蹴り上げると真っ二つにちぎれ、今度こそ消滅した。あとはこれを繰り返すだけ…だけど、すでに何匹かは川へと逃げ込んでおり、そちらはどうすべきかと考えていたら。
シャテルロは重機関砲を展開したまま、河川上を掃射し始めた。
「重機関砲、GA-27S。目標を、消滅させる」
ガトリング砲の銃身が回転を始めた瞬間、周囲の空気が震えた。連続する閃光が河川に突き刺さり、耳をつんざく発射音が響き渡る。
その無差別で絶え間ない弾幕は川の形を変えんばかりの勢いで掃射を続け、逃げるスライムたちを次々と切り裂いていく。
それを唖然と眺めていたら「敵反応なし。今度こそ、任務、完了。です」とつぶやき、シャテルロは砂利の上に着地した。
機関砲の掃射を終えた砲身がゆっくりと回転を止めると、バレル全体に蒸気が立ち込める。 内部冷却が作動し、冷却弁から白い霧がプシューッと放出されていたけれど、シャテルロはぼんやりとゴーグル越しに空を眺めているだけだった。
「…えっと、助かったよ…?」
「大丈夫、これが任務、だから」
「そうだけど…今日のは私が苦手なタイプだったから。その、やりすぎだとは思うけど…シャテルロの体は大丈夫なの?」
「私は、サイボーグ。とても頑丈で、サイ・アームにも異常なし。だから、大丈夫で」
なんとなく無言で立ち去る気にもなれなかった私はシャテルロに歩み寄り、少し困惑しつつもお礼を伝える。すると彼女はこちらを向いて、右側に作った小さな三つ編みが揺れる様子は可愛らしく、その声音からも「そんなに年齢が離れていないのかな?」なんて考えてしまった。
バイザーの上からはその目も見えなくて、なにを考えているのかわからなかったけれど。
無事を伝える彼女のお腹から盛大に「ぐぅ~」という音が鳴り、私は失礼だとは思いつつも苦笑した。
「…サイボーグだけど、ご飯は必要。戦いのあとは、大体こうなる。のです」
「ふふ、そうだね。私もお腹が空いたし、家に帰ってご飯を食べるよ…シャテルロも、またね」
「うん。今日は、おにぎり、食べたい」
一般人にしか見えない私と違い、シャテルロは見た目も強さも常人からかけ離れているけれど。
それでも同じようにお腹が空くとわかったことは、なんとなく収穫であるように思えた。