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第6話「ヒーローとネット社会」炎上はモンスターよりも怖し?

 真糸市の南部にある花糸地区では住宅地が目立っているように、私たちの自宅もここにあった。ちょっと古びた団地内に存在する築三十年ほどの、これまた古めのマンション…その3階の角部屋が私たち家族の家だ。建物自体は古びているけれど、清掃については問題なく行き届いていて、顔見知りの住民も多いことから治安はよかった。

 部屋の広さは2DK、ダイニングキッチンに和室と洋室が一つずつ、お風呂とトイレは狭いけど別々にあって、洗濯物を干すのに不自由しないベランダもある。そして和室が私と妹…『里奈』の部屋で、ここをカーテンで仕切ることで二人部屋にしていた。

 もっとも、私と里奈はとても仲がいいため、カーテンは開かれていることのほうが多いのだけど。

「はぁ…今日も姉さんは格好いいね。直接現場で見られないのが残念なくらいだよ…」

「さすがにヒーロー以外の人を連れて行くわけにはいかないからね…というか、ここまで褒めてくれるのは里奈とお母さんくらいだよ。私、見栄えがそんなによくないし…」

「そんなことないよ! 私の姉さんはね、世界で一番優しくて格好良くて、しかもきれいで可愛くて、もっと注目されるべき人なんだから…」

 そんなわけで本日もカーテンはフルオープン、私は戻ってきて早々にドローンを里奈に渡し、彼女は慣れた手つきで記録メディアを取り出したら、机の上に置かれたノートパソコンに差し込んだ。

 すると本日の戦いの様子がモニターに表示され、里奈は動画編集ソフトも一緒に起動してその仕上がりをチェックしていた。するとすぐに私の戦いについて絶賛してくれて、なんというか、こそばゆい。耳かきの先っぽについているもこもこで首の後ろをくすぐられているような、ふわふわとした恥じらいと喜びが体を包む。

 自分で言ったとおり、私はヒーローとしては地味な近接型で見栄えも派手ではないことから、動画の再生数も大人気からはほど遠い水準だけど…こんなふうに褒めてくれる人がいると思ったら、悪い気はしなかった。

 里奈はセミロングの髪をアップにしている中学生で、姉の立場から言わせてもらうと私なんかよりも遙かに可愛らしい。ただ、今の年齢だからこそ可愛らしさが際立っているだけで、成長すると美人になりそうな顔立ちだとも思う。童顔で母親似な私に比べると、里奈はお父さんに似ているのかもしれない。

 …でも里奈はお父さんのせいで男性不信気味になっているから、口が裂けても「お父さんに似て格好いいね」とは言えなかった。私も父親似だと言われたら取り乱すかもしれない。


『…高速飛び蹴り!』


「…でも、その…必殺技は…ちょっと…」

「…これ、そんなにダメ? ほら、どんな技なのかすぐにわかる分、初めて動画を見てくれた人にも優しいって言うか…」

「飛び蹴りなのは動きを見れば一発でわかるよ…たまにもらうコメントでも『なんだこの見たままの必殺技は、たまげたなあ…』とか『装備もシンプルで必殺技もシンプル、素材の味がする(※素材の味しかしない)』なんてツッコミがあるんだよ…」

「…すみませんでした…」

 動画編集をしている妹のあどけなくもクールな横顔を眺めていたら、パソコンのスピーカーから必殺技のかけ声…本日私がガーゴイルを仕留めた技名が聞こえてきて、里奈はすんっとしつつも言いにくそうに苦言を呈してきた。そんな顔も可愛いよ。

 …でも、里奈の言いたいことはわかる。

「私って目立った特殊能力がないし、派手な装備もないし…その、どうしてもこういう感じになっちゃうというか…」

「予算不足はわかるし、今は逆にこういう普通に戦うヒーローも珍しくなってきたから、根強いファンもいてくれるけど…それでもあの技名はないよ…」

 ヒーローの収益化システムが発展し続けた結果、私たちは協会に認可されれば動画投稿を行い、そこで広告表示したり投げ銭をもらったりすることで収入が得られる。

 そうなるとやはり動画映えのいいヒーロー…基本的には特殊能力持ちのトリックスターが有利になりがちで、私のようなファイターであれば装備品を充実させることで補うケースが多いらしい。

 しかし、私たちにそんな装備を購入する予算なんてあるはずもないし、そもそも目立つためだけのアクセサリーなんて戦いの邪魔にしかならない。そして装備がなければ派手な必殺技も作りにくくなる…。

 そんなわけで私は『プレーン』なんて揶揄される、一昔前のパンチとキックのみで戦うヒーローとなっていた。必殺技もひねりがないものばかりになるわけで、『素材の味』というのは妥当すぎる評価かもしれない。

「二人とも、あんまり遅くならないようにねー? お母さんはもう寝るけど、夜更かしはダメだよー」

「あ、はーい! ええと、ここを見やすく処理して、サイズも微調整して…できた! 動画は私が投稿しておくから、姉さんはゆっくり休んでね!…あと、私、姉さんが一番のヒーローだって思ってるから。必殺技はあれだけど、姉さんだけを単推ししていくからね!…必殺技はあれだけど」

「なんで二回も言ったんですかね…でも、ありがとう。私、ヒーローとか人気者とか、今でもそんなに興味がないけど…里奈やお母さんのことを守れて、それで応援してもらえるのはすごく嬉しいから。だから、これからもずっと一緒にいてね」

「うん!」

 部屋の向こうからお母さんの声が聞こえ、里奈はパソコンを操作して動画編集を完了する。お世辞にも高性能とは言えない機種だけれど、里奈は家族で一番これを使いこなしているおかげか、いつも短時間で仕上げてくれていた。

 そうだ、私には…支えてくれる家族がいる。お母さんはいつも朝早くからパン屋で働いていて、里奈はそれを手伝いつつ動画編集もしてくれる。

 そして私はヒーローとして収入を得て、ついでに街を…何より家族を守っている。

 そんな支え合える相手がいることは、私にとって何よりも幸せなことだと思えた。

 だから里奈にお礼を伝えると彼女はにぱっと無邪気に笑ってくれて、立ち上がって私に抱きついてきた。まだまだ小さな体は収まりがよくて、抱きしめているだけでその体温が伝わってきて心地いい。

 ふとノートパソコンを見ると編集を終えた動画が再生されていて、見やすく加工された分、私の地味な姿がより鮮明に映し出されている気がした。


 *


(…また炎上しているヒーローがいる…ふぅ、下手なモンスターよりも人間のほうが怖いな…)

 入浴を終えて部屋に戻ってくると、里奈はすでに眠っていた。布団の上で無邪気に寝顔を晒す妹を見ているとどうしても口元が緩んで、わずかに掛け布団を直してからカーテンを閉める。

 そして私も布団に寝転がってから枕元に置いているスタンドライトを弱めに点灯し、里奈を起こさないようにしつつ携帯端末にてSNSをチェックしていた。

 それはつぶやきをメインに投稿する、ヒーローも多く利用しているサービスの一つだった。現在は『ヒーロー向け認証システム』も導入されていて、私のアカウントにも協会認定ヒーローを示す水色のチェックマークが表示されていた。

 言うまでもなく私のアカウントのフォロワーは少なくて、そもそもポストするのも動画投稿の告知くらいだから、妥当としか言いようがない。人気ヒーローだと数百万単位でフォロワーがいるらしいけど、どうやってそこまで上り詰めたのか、零細ヒーローの私には想像もできなかった。

 そしてSNSでは最新のニュースも表示されるのだけど、今も昔も負の感情を煽る内容のほうがプッシュされやすく、結果として私にとっても他人事ではなさそうな、ヒーローの炎上に関するニュースが表示されていたのだ。

(…ええと、“『モンスターどもは俺が全部ぶっ殺すから安心しな!』と投稿したヒーローは【異世界コンプライアンス】に抵触するのか? 話題の炎上について弁護士の見解は”…か。うーん、世知辛い…)

 こちらの世界に現れるモンスターは生命力を失うと消滅するため、命を奪っているという感覚は少ないのかもしれない。けれど、私もゴブリンくらいならパンチやキックで容易に首をはね飛ばせるため、『ぶっ殺している』というのは間違いでもないだろう。そもそも、殺さないとこっちが殺されるし。

 けれど、『殺す』という表現に強い意味が込められているのは言うまでもなく、そしてそれが人類の天敵であるモンスター相手に使ってもNGというのは、ある意味で日本が平和になった証拠かもしれなかった。

 その契機となったのは、『知的モンスターとの遭遇』だろう。

(『言語を理解する高度な知性があるモンスターと遭遇した場合、まずは対話を試みるべし』…か。でも言語を理解するからと言って、会話が通じるモンスターはほとんどいないのに)

 これまで私が戦ってきたモンスターたちはいずれも人間としての言語を話せず、同時に理解しようともせず、一方的に襲ってくるだけだった。

 けれど、ごく少数ながらも会話ができるモンスターもいるみたいで、それらと遭遇して間もない頃は『モンスターともわかり合える』なんて世論が湧いたものだ。

 まあその結果は『知性がある分だけ厄介な敵になっただけ』であって、今もうるさいごく一部を黙らせるために異世界コンプライアンスなんてものが作られ、知的モンスターに対しては先制攻撃ができなくなったという背景がある。

 そのコンプライアンス制定に際しても関連団体が作られ、新しい利権が生まれたのは言うまでもない。ヒーロー周辺というのは常に大金が動いているのか、そういった不祥事に関するニュースも事欠かなかった。

 …もしかしなくても、弱小ヒーローたちの取り分が思うように増えないのは…こういう連中がいるからなのかもしれない。それでも既存のシステムの中で動くしかないのなら、私はそのおこぼれに預かるしか選択肢がないのだろう。

(…そういえば、『知的モンスターはこっちの世界でひっそりと暮らしている』なんて話もあったけど、あれって本当なのかな)

 自分の投稿に付与されたいいねや新規フォロワーをチェックし、返信欄にぶら下がってくる詐欺アカウントを通報してブロックする。一日の終わりの日課となってしまったSNSアカウントのメンテナンスをしつつ、私は以前見たニュースを思い出していた。

 そのときは『枕野まくらのフェリシア』という動画投稿者が取り上げられていて、この人が実はモンスターだけど人間に紛れやすい容姿であることから、日本での生活に馴染んでいるのでは…なんて内容だったはず。

 その人の動画見たことがないけど、ちらっとチェックした写真だと『猫耳付きウィッグを装着した人間』にしか見えなくて、あの耳は実は本物だなんて噂されていたっけ…そうは思えないけど。

 仮にああいう人間に害意がなさそうなモンスターが相手なら私だって戦うつもりはないけれど、すべてのモンスターがそうであれば収入源もなくなるわけで…なんて考えてしまうあたり、モンスターの脅威度は昔に比べて激減しているのだろう。

(…今の月収は大体二万円…光熱費と食費の補填はできているけれど、もうちょっと稼げれば…お母さんも楽できるのかな…)

 モンスターが現れるようになった世界、それは今となっては思いのほか緊張感に欠ける状況となっていて。

 SNSのチェックを終えた私は眠気に襲われて、端末をスリープさせてから目を閉じた。特殊能力を使わない私は長時間の戦闘も可能だけど、それでも疲れないわけじゃない。

 むしろヒーロー状態から戻ると疲労感も覚えやすいように、やっぱり疲れているんだろう。スタンドライトを消した自室は暗闇に染まり、すぐそばで眠っている妹の方向からささやかな寝息が聞こえた気がした。

 そんな心地よい音に寝入る直前、私は珍しく収入について意識する。

 私にとって一番大事な仕事はパン屋だから、そのための時間を犠牲にするようなアルバイトはできない。だからこそ、ヒーローという危険だけど短時間で収入が得られるチャンスは貴重で、渋々ながらも続けられる数少ない要因となっていた。

 それでも私のヒーローとしての収入は多いほうではなく、今は動画投稿時の広告表示がメイン、たまにもらえる投げ銭、そしてごく少数の月額支援によってまかなわれている。投げ銭と月額支援については「私みたいな地味で知名度のないヒーローでも支援してもらえるんだ…」なんて少し驚いていた。

 もしかしなくても『派手さを重視するヒーローばかりだからこそ、地味に戦うヒーローの需要がある』という妹の見立ては正しいのかもしれない。それでも必殺技には苦言を呈されたように、収入増には私の努力が必要なんだろう。

(…もう必殺技名は口にせず、黙々とモンスターをぶっ飛ばすヒーローになるか…そのほうが楽だし、怒られなくて済むし…)

 努力の形にはいろいろあるけれど、あえて無駄なものを省くというのも方向性としては正しいのかもしれない。

 …ただ単に面倒というのも大きいけれど。パン屋の仕事ではいつも新メニューについて考えているように、私はどこからどこまでも『パン屋の娘』なんだろうな。

(…もしも学校を卒業して、ヒーローもしなくてよくなったら…パン屋一本で、生きていきたいな…お母さんと、里奈と、三人で…)

 だから思い浮かぶ将来像は、パン屋のことばかり。でも、それでいいんだと思う。

 私はパン屋が、家族が…大好きだ。

 お母さんはとっても優しくておいしいパンを作ってくれるし、里奈はとっても可愛くていつも私のそばにいてくれる。

 そんな三人でパン屋をすること、そしてそうした日々を守っていくこと…その上でのヒーローというのは手段でしかなくて、必要なくなればあっさりとやめられる、私にとってはそこまで重要なものじゃないのだ。

 だから私は家族のために戦えれば、それでいい。そんなことを考えながら眠りに落ちる刹那、鼻孔に慣れ親しんだ匂い…パンの焼ける香りが漂った気がして、明日はなにを焼こうかなと考えながら、夢の中でもパン生地をこねていた。

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