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アライグマとささくれ

「いたい」


 稲荷神社で雑巾がけをしていた薄墨は小さく声をあげた。

 ふわふわしたグレーのショートヘア、ココアブラウンの瞳。縞模様の尻尾をつけた彼女は、その可愛らしい顔立ちを歪めて指先を見つめている。


 神職の服装を着た男性がその異変に気付いて近寄り、診る。


「ああ、ささくれを引っかけてしまったんですね」

「人間の肌は弱いね」

「はい。なので違いを理解して行動しなければなりません」


 薄墨は人間ではない。人の姿に変わったアライグマだ。

 そして男性もまた、稲荷神社の神使であるキツネ。

 神社に被害を与えてきたアライグマに修繕費分を働かせようとした結果である。それ以来なんだかんだと賑やかな毎日を送っていた。




 しばらくはじっとしていた薄墨だが、痛みに耐えかねてか、ささくれ部分を舐める。


「おっと、それはいけません」

「えー、なんで?」

「悪化してしまうのですよ」


 神使はテキパキと手当てをしていく。

 ささくれを切り、薬を塗って、絆創膏を巻く。流れるような手際。面倒見の良さが見えた。


「予防の為にハンドクリームも塗っておきましょう」

「……これベタベタする」


 余程嫌な感覚なのか、ささくれの痛みの時よりも不機嫌そうな顔になる。

 そしてまた舐めてしまい、更に不快げにべえと舌を出した。


「へんな味ぃ」

「だから舐めてはいけませんと言っているでしょう」


 神使は呆れ顔で溜め息を吐いた。

 どうやって言う事を聞かせるかと思い悩む。

 しかしすぐに妙案を思いついたと顔を明るくした。


「……ああ。こんな時には良い物があるのでした。借りてくるのでしばらく大人しく待っていてください」






「なにそれ」


 薄墨は神使が持ってきた物を見て本能的に警戒して後退りをした。


 プラスチック製で円錐台形の物。

 エリザベスカラー。

 動物が患部や薬を舐めたり噛んだりするのを防ぐ為に首に巻く保護具である。

 ちゃんとサイズが合うように大型だ。


「ヨーロッパの貴族の服装が名前の由来になっているオシャレアイテムです」

「そんなの興味ないもん」

「今のあなたには必要です」

「なんかいや」

「そう言わずに」


 両者は睨み合い、じりじりと間合いを測る。

 緊迫の空気。

 その中で突然、薄墨は後ろを向いて逃げ出した。


 しかし、その瞬間。


「止まりなさい『薄墨』!」

「むん!?」


 神使の声で動きが止まる。

 名前は重要な意味を持つ。姿を変える際にも用いており、神力を発揮する礎となるのだ。


 ゆっくりと神使は近寄り、薄墨の首の周りにエリザベスカラーを巻いた。


「さて、改めてハンドクリームを塗っておきましょう」

「なにこれ、じゃま…………じゃま!」


 手を伸ばしても舌を伸ばしても届かない。

 そんな悪戦苦闘を、神使はほくそ笑みながら眺めていた。

 人間の姿で身に付けるのはシュールだが、本来の用途通りである。


 薄墨は我慢が身に付くまでの期間をこの格好で過ごしたのだった。

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