アライグマとホワイトデー
静かな三月の稲荷神社。気温の安定しない三寒四温。今日の陽気は肌寒く、数人の参拝客もまだ冬物が手放せないようだった。
そこに鳥居の外から慌ただしいい足音。外から帰ってきた薄墨はワクワクと目を輝かせ、本殿前に立つ人影に突撃していく。
「お菓子ちょーだーい!」
「はいはい、分かっていますよ。それより境内では騒がないように」
「むう」
水を差された薄墨はむくれた顔で不満を表す。
グレーのふわふわした髪、ベージュのセーター。髪と同じ色をした縞模様の尻尾が揺れる。
彼女は人の姿に変えられたアライグマだ。
呆れたような顔をして応じたのは、整った顔立ちで神職らしき服装の男性。その正体は稲荷神社の神使たるキツネ。神社を荒らしたアライグマに薄墨と名を付けて人の姿に変えた張本人だ。
この日はホワイトデー。
薄墨はバレンタインのお返しを求めていたのだった。
「あなたは質より量が良いのでしょう?」
「三倍だもんね!」
要求は純粋で朗らか、屈託のない笑みは眩しい程だ。
バレンタインに渡したチョコは当然義理。コンビニで手軽に買った商品。お返しがもらえると、更に相場は三倍だと聞いてすぐに決めていた。
薄墨に遅れて、後ろから女子高生達が小走りで追いかけてきた。九羽香、栞里、友美。薄墨の正体を知りつつ何事もなく接する友達だ。
「すずみー食い意地張り過ぎー」
「ホワイトデーってそういうんじゃないってば」
「私達もお返しもらえますー?」
美形の神使は参拝客の女性から人気がある。彼女達も同様にファンだ。
バレンタインには薄墨ともチョコを交換し、神使にも気合の入ったチョコを渡していた。普段参拝客からのプレゼントは断っているが、彼女達からは特別に受け取っていた。
「……本来こういう事はよろしくないのですが……薄墨の友達ですからね。用意していますよ」
「わ! やった!」
手を取って飛び跳ねるように喜ぶ女子高生。薄墨も一緒になって笑っているが意味合いを理解していないだろう。
ちょうど他に人はいなくなったので、まとめて社務所の一室に案内。
そこは既に準備万端。
ドーナツ、タルト、シュークリーム、などなど。テーブルに盛られたお菓子の山は薄墨を興奮させた。
「ふわあああ! いっぱい!」
「落ち着きなさい。それに手を洗う方が先です」
「はーい」
「ほら行こ」
「むう」
渋々と手を洗いに行く薄墨と女子高生達。はしゃぐ彼女らを神使は温かく見守った。
戻ってきて座った途端、薄墨は両手で掴んで交互に食べる欲張りスタイルで大いにはしゃいでいた。
友達もそれぞれにお菓子を摘む。一線を引く神使の気を引こうともするが、彼はあくまで大人の立場を崩さない。
その内諦め、ワイワイとはしゃぐ事に集中し始めた。
マナーなど気にしないものだから、薄墨はボロボロと食べカスを散らかしてしまっている。
「ああ、もう。慌ててはいけません。ゆっくり食べなさい」
「ふあってほいひいし」
「飲み込んでから喋りなさい」
呆れ顔で甲斐甲斐しく世話を焼く神使。
残る三人の手が止まる。じっと見つめて、思わず吹き出した。
「うーん、これはお父さん」
「イケメンパパ」
「かなりイメージ変わったねー。推せるけど」
ひそひそと話し、微笑ましく見守る立場が変わる。神使は眉をひそめたが薄墨から目は離せないので否定もできない。
皆で和やかな時間を楽しんだのだった。




