アライグマと流しそうめん
夜が近い薄闇の稲荷神社に温い風が吹く。
七月は既に真夏。このところの猛暑は酷いが、流石に日が落ちれば暑さも多少は和らいだ。
そんな夜こそ夏の非日常を純粋に味わえる。
境内のそこかしこに吊られる提灯。そして竹で組まれた一本の道は流しそうめん。周りには法被や浴衣の人々。
七夕祭りであった。
「ねえ、まだぁ?」
薄墨はソワソワしながら問いかける。
スイカがプリントされたTシャツにハーフパンツ。ふわふわしたグレーのショートヘア、ココアブラウンの瞳。そして最大の特徴は縞模様の尻尾。
薄墨は人間ではない。人の姿に変わったアライグマだ。
「落ち着きなさい。もうすぐですから」
「あたし頑張ったよー?」
「分かっていますから」
苦言を呈したのは整った顔立ちで神職らしき服装の男性。その正体は稲荷神社の神使たるキツネ。神社を荒らしたアライグマに薄墨と名を付けて人の姿に変えた張本人だ。
薄墨をあしらいながら流しそうめんの準備を着々と進めている。
この流しそうめんは稲荷神社の祭りで行われるイベントの一つ。
薄墨も竹林から竹を運んで組み立てる手伝いをしていた。疲れているし、お腹も減ったのだ。
なにより楽しそうでワクワクしている。
「それでは始めます」
「よーし」
その宣言に、ようやく始まるのだと薄墨は張り切って箸を構えた。
神使がそうめんを流せば、水に乗って白い艶々した麺が滑ってくる。
そこをめがけて箸を突き刺した。
「あれ?」
水が弾け、左手に持ったつゆが溢れるような勢いでバシャッと箸を持ち上げる。しかし何もない。そうめんはすり抜けてしまっていた。
奥の人がなんなくキャッチするのを見て薄墨はぶすっとむくれる。
「むう」
諦めずにもう一度。しかしまたすくえない。
慎重にもう一度。しかしまたとれない。
何度やってもスカスカと水を切るばかりで、上手くそうめんは取れなかった。
悔しげに唸る薄墨に対し、周りの人々は和んでいる。
微笑ましいと温い目で見守られ、小学生にも心配される。箸の持ち方、取り方、多種多様なアドバイスの声がかけられた。
それでもなかなかとれず、遂には箸ではなく手を直接突っ込んだ。
「やっ!」
「あ、コラッ止めなさい!」
すぐ気付いた神使が注意。
しかし薄墨は呑気にそうめんばかり見ている。
「だって食べにくいよー?」
「行儀が悪いのは頂けません。他にも人がいるでしょう。とれないのなら後で流さないものを用意しますから」
「えー」
遂には手を掴まれ強制的に隅へ移動させられた。
簡単に食べられるのが嬉しいのは確かだが、それはそれで悔しい。こっちの方が楽しそうだ。
ただ今は仕方ない、と他の人々が楽しむ光景をじっと見ていた。
大人しい薄墨を見た神使は安心して仕事に戻る。
そうして見張りが外れたところで、こっそりと薄墨は移動するのだった。
「……やっぱり大人しくしていられませんか」
再び境内に激しい音がしたので神使は溜め息を吐いた。
他の者にこの場を任せ、音の出処へ。
薄墨がいたは流れの終着、水と取り損ねたそうめんが行き着くタライの前。手を入れてバシャバシャと、実にアライグマらしい行動をしていた。
そうめんを手づかみでつゆに浸し、ちゅるりとすする薄墨は幸せそうにニンマリと微笑む。
予想より酷い。神使はしばし呆然と眺め、それから爆発する。
「ああ全く! 何をしているんですか!?」
「おいしいよ?」
「美味しくても駄目です!」
薄墨は今度こそ隔離された。流しそうめんの様子を羨ましそうにじとーっと眺める。祭りに来ていた友達からお裾分けをもらいつつ、気分は晴れない。
終わった後にはぶーぶーと文句を言いつつ片付けまでしっかり手伝い、更に不満が募る。
とはいえ。社務所にてガラスの器に盛られたそうめんを満足するまで味わい、そしてデザートに西瓜も来れば、上機嫌。
終わりよければ全て良し、と大満足で夏の一日を終えたのだった。




