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事件――愛ゆえに②

 次の日、天良と摩那と六根警部の三人が訪れたのは、奥多摩の日影町という町だった。彼らが、地元警察の車で、ネット情報の住所に行ってみると、そこには、絵と寸分違わぬ風景が広がっていた。そして、振り返ると一軒の農家があった。


 中央に母屋、右手に納屋、左手には蔵が建っており、広い庭には鶏が放し飼いにされていて、軽トラや野菜を入れるコンテナなどが置かれていた。家のぐるりは高さ二メートルほどの石垣で囲まれ、更に石垣の外には、十数本の大きな杉が敷地を囲むように植えられていた。


 六根警部が玄関のチャイムを押すと、野良着姿の大柄な女性が現れた。


「警視庁の六根と申します。早速ですが、お宅に行方不明の人は居ませんか?」


「行方不明? 内は皆居ますが……」


 女性は、表情も変えずに答えた。


「そうですか。この近所ではどうです、そんな話は聞きませんか?」


「聞きませんねぇ。忙しいのでもういいですか」


「あ、ちょっと……」


 警部が声をかけようとするが、彼女は踝を返し、さっさと奥へ引っ込んでいってしまった。



「摩那さん、彼女の印象はどうでしたか」


 家を出て歩きながら、六根警部が訊いた。摩那は警部の後ろから、彼女の息遣いや目の動き、声の変化などを、厳しい目で観察していたのである。


「ここは被害者の家で間違いありません。犯人はあの女性です。あくまで私の勘ですが……」


「そうですか。あなたの勘は外れた事はありませんから、間違いなさそうですね。あとは、どうやって証明するかですが、取りあえず近所にもあたって見ましょう」


 警部は、意を得たりと笑みを作った。

 彼らは、その辺りに点在する五軒ほどの家を回り、話を聞いていった。



 聞き込みで分かった事は、被害者の家と目される東形家は夫婦二人暮らしで、最近夫の姿を見ないと口を揃えたことだった。


「増々確実になってきましたね。彼女を監視させましょう」


 六根警部はスマホを取り出し、警視庁に電話を掛け始めた。


「摩那さん、指紋が消されているから、被害者が彼女の夫だと証明するには、DNA検査するしかないですよね」


  警部が電話をしている間に天良が訊いた。


「そうですね。しかし、彼女は用意周到の様ですから、既に検体を処分しているかも知れません。それに、被害者が彼女の夫だと分かったとしても、彼女の犯行だと証明するのは難しいかも知れません。自白があれば別ですけど」


「早急に家宅捜索する必要がありますね」


「それは警部の仕事ですから、私達はここまでです」


「あ、そうでした」


 勝手に事件にのめり込んでいた天良が、頭を掻いた。



 奥多摩から帰った摩那と天良は、レストランで昼食をとって一息ついていた。


「今回の事件はどうなるんでしょうね」


 事件の事が気になって仕方ない天良が、話を戻した。


「何かあれば六根警部から連絡があるでしょうから、その時に対応すればいいと思います」


「摩那さんは、気にならないのですか?」


 事件解決に協力している摩那が、事件についてあまり積極的でないことに違和感を感じた天良が、彼女に訊いた。


「私の中では、今回の事件はもう解決していますから、後は警察の仕事です。私は、色んな事件に拘り続けていますから、あまり気持ちを入れすぎると疲れてしまいますからね。それで、意識的に距離を置こうとしているのです。

 天良さんは、せっかくの休みの日に、悍ましい殺人事件を追って楽しいのですか?」


「楽しいというのは違うと思いますが、謎を解くのは心が燃えますね」


「私は、これからも日常的に事件と拘らなければなりません。天良さんは初めての事だから、今は心が燃えているかも知れませんが、その内うんざりする時が来ると思います。嫌になったら事件から離れて下さって結構ですから」


 彼女は、本当は天良と出来るだけ一緒に居たかったのだが、想いをぶつけ過ぎても、重荷に感じられてしまうのではないかと慎重だった。


「分かりました。そんな気になったら遠慮なく言うので、気遣いはしないで下さい」


 天良も、自分の事で、出来るだけ彼女に負担はかけたくないと思った。



 後日、警察は、被害者の妻と目される東形恵子を問い詰め、自宅の捜索をしたが、DNA鑑定に必要な髪の毛などの検体は発見されなかった。明らかに証拠の隠滅だと詰め寄ると、

愛人の所へ行った夫に愛想をつかし、全てを捨てたのだと彼女は話した。


 六根警部は、夫の交友関係から愛人を特定し、そこに残されていた歯ブラシをDNA鑑定した結果、被害者が彼女の夫の東形吾一であることが、ようやく判明したのである。


 これを受けて警察は、妻である東形恵子を任意で警視庁に呼んだ。



 取り調べには、要請を受けた摩那と天良も、隣室でカメラの映像を見ていた。


「奥さん、奥多摩の山で見つかった遺体が、貴女のご主人であることが判明しました。ご主人を殺したのは、奥さん、あなたですね!」


 机を挟んで座った六根警部が、厳しい目で迫った。


「私は何も知りません。何か証拠があっていっているのですか?」


 彼女は顔色も変えず、低い声で答えた。


「最初にお宅を訪ねた時、嘘を言ったし、ご主人の痕跡を消そうとした形跡もありました。何もなければそんなことはしないでしょう。疑われるようなことを貴女はしているのです」


「あれは、女の所に入り浸っている主人に愛想が尽きてやった事で、他意はありません。そんなことが私が殺したという証拠になるんですか?」


 彼女の眼が鋭く光る。


「……それはそうですが、現時点で、貴女が重要参考人であることに違いはありません。誰しも過ちはあります。罪を認めるなら今ですよ」


「あなたもしつこいわね。決定的な証拠があるなら出せと言っているでしょう!」


 女は急に声を荒げだした。だが、目以外、表情は変わらない。


「……」


 その後も取り調べは続いたが、彼女は証拠を出せの一点張りで、罪を認めようとはしなかった。


「このままでは、埒が明かないわね」


 別室で映像を見ていた摩那が呟いた。


「やはり、今の状況証拠だけでは、無理がありますよね。あの奥さんも強気ですからね」


 隣の天良も同調した。


 暫くして休憩が挟まれ、再度取り調べが始まった。だが、東形恵子の前に座っていたのは六根警部ではなく、笑みを浮かべた摩那だったのである。



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