事件――愛ゆえに①
退院して仕事に復帰した天良に、事件の捜査に立ち会わせてくれるという連絡が、摩那から入った。
そして休みの日、天良は日神家からの迎えの車に乗った。
「いらっしゃい」
車を下りると、濃い紫のワンピースに身を包んだ摩那が、笑顔で迎えてくれた。彼女の美しさに胸をときめかせる自分を、他人事のように見ている自分があった。
入院中は、毎日顔を合わせていたためか、退院してから会えない日が続くと、寂しさが募った。天良は、日に日に彼女への想いが膨らんでいく自分に躊躇いながらも、表面は平静を装っていた。
天良が通された部屋には、父の阿頼耶、摩那の秘書兼ボディガードである渡世、そしてもう一人、五十前後の細身の男性が待っていた。
「紹介しますね。こちらが、警視庁捜査一課の六根警部です。――そして、こちらが私の友人の九条さんです」
摩那が、まとめて二人を紹介した。
「六根です。九条さん、これは警視庁の正式な操作の一環ですので、一般人であるあなたの参加はお断りしたんですが、摩那さんから強い要請がありましたので、上とも相談して承諾した次第です。ですから、遊び半分で参加されるならご遠慮ください」
開口一番、警部から厳しい指摘が飛ぶと、
「私が参加するのは、少しでも摩那さんのお手伝いが出来ればとの純粋な気持ちからです。決していい加減な気持ちなどではありません」
天良も負けずに、自分の思いを語った。
「それを聞いて安心しました。失礼をお許しください。
では、早速事件の説明をさせて頂きます。今回の事件は、摩那さんが発見してくださった男性の遺体の件です。解剖の結果、死因は毒物によるもので、顔や指紋は酸のようなもので焼かれていましたから他殺です。身元を確認出来るものは何もありませんで、目下、八方塞がりの状態です」
「警部、分からないからと言って、何もかもお嬢様に頼ると言うのは違うんではないですか」
渡世が警部に苦言を呈した。
「それはそうなんですが、今回は摩那さんが発見者でもありますので、何か感じたことがあればと伺った次第です」
六根警部が、摩那に視線を移しながら、申し訳なさそうに言った。
「分かりました。あの時感じたことと言えば、あの方は手の荒れかたや体形、日焼けなどから、仕事は農業関係ではないかと思いました。それから、顔と指紋は焼かれていましたが、遺体の衣服が乱れていなかったり、置かれた場所などから考えると、被害者に好意を持つ者の犯行だと思われます。あとは、犯行現場から、体格の良い被害者をあそこまで運ぶには、かなりの体力が必要ですが、現場の河原に荒らされた形跡がなかった事から、犯人は一人だと思います」
摩那が淀みなく答える。
「流石です。だいぶ事件の輪郭が見えてきましたね。当面は、被害者を特定する事が先決なんですが、顔も指紋も無いとなると、行方不明者との照合もかなり難しいのです」
六根警部は、一度晴れた顔をまた曇らせた。
「摩那、鬼眼を開いた時に、何か他の情報は見えなかったのか」
口を挟んだのは、父の阿頼耶だった。
「あの時感じたのは、悔しさや無念の感情、……あぁ、何処かの風景が見えたわ。恐らく彼の家の近くの景色だと思うんだけど……」
「その風景を絵に出来ませんか? その場所を探すことが出来れば、被害者の家が分かるかもしれません」
傍にいる摩那の反応を見るように、天良が言った。
「そうですね。やってみましょう」
彼女は、スケッチブックと鉛筆を用意させると、その場で、頭の中の風景を書き始めた。
サラサラと書き進む摩那を他所に、残った三人は雑談に花を咲かせていたが、30分ほどして彼女は鉛筆を置いた。
「これは凄い!」
皆が覗き込んだスケッチブックには、見事な田園風景が描かれていた。
「摩那さんは絵心もあるんですね、素晴らしい絵です」
天良が頻りに感心すると、「恥ずかしいですわ、自己流です」と、彼女が恥じらいを見せた。
「この絵の中で、特徴的なものを探せばいいんだな……」
阿頼耶の言葉に、皆が顔を寄せ絵を覗き込む。
「山はどうでしょう。山の形は変わりませんからね」
六根警部の意見に、皆が「なるほど」と、納得の表情を浮かべる。
「でしたら、ネットにこの絵を投稿すれば、早く、場所が分かるのではないですか」
天良の提案にも、一同が相槌を打つ。
「よし、うちの会社でも拡散するよう指示しておこう」
阿頼耶が渡世に指示すると、彼はスマホで絵の写真を撮り、その場でネットに乗せると、会社の全社員にも拡散を依頼した。
その後、沢山の情報が寄せられた中に、摩那の風景画にそっくりの写真が、投稿されていたのである。